多様化する「公益」を守る
鮑栄振=文
中国では昨今、「友人を紹介して商品をタダでゲット」などをうたい文句とした販売促進キャンペーンが、EC(電子商取引)サイトや各種ネットサービスで活発に展開されている。筆者のウイーチャット(中国版LINE)にも、こうしたキャンペーンに協力してほしいとたまに友人からメッセージが届く。相手のメンツを立てて、たいていは協力するが、後日結果を尋ねると、実際にタダで商品を手にした人はほとんどいない。
湖南省長沙市の易さんは今年5月、メーデーの連休にリゾート地として有名な海南島の三亜へ旅行しようと思い、現地のホテルをオンライン予約した。その際、「お友達とホテルのサイトのリンクをシェアすれば(1)最大100元(約1700円)割引き」と表示されたので、易さんはウイーチャットを使って最終的に友人18人にリンクをシェアしてもらった。ところが割引されたのは、たった10・74元だったという。
こうしたキャンペーンについては筆者も不思議に思っていたが、ある友人から頼まれたキャンペーンに協力してみて、ようやくそのからくりが分かった。
そのキャンペーンは、知り合いにリンクをシェア(一人1回のクリック)してもらうと、その回数に応じてだんだん割引され、最終的に0元まで割り引かれると商品が手に入る、というものだった。友人のお目当ては569元の商品。1回のシェアクリックで5元、3元と割引されていき、始めは簡単なように見えた。ところが、残り50元となったところで、クリック1回当たりの割引額が0・01元へと大幅に縮小。商品を手に入れるためには、さらに数千人がリンクをシェアしなければならなくなった。結局、友人はその商品を諦めるしかなかった。
このような悔しい目に遭うと、ほとんどの人は泣き寝入りする(2)しかない。だが、それで終わらせなかったのが上海の劉宇航弁護士だ。劉弁護士は、「どれだけの人が協力しても最後の0・09%からは割引されない」として、キャンペーンを展開していた大手EC業者を詐欺罪で訴えたのだ。
劉弁護士は、「当該EC業者はECサービス提供において、信義誠実の原則に背き、自社サイトを訪れたユーザー数と売り上げを増やす目的のためだけに、虚偽データを利用して消費者を惑わし、実際の割引ルールを隠ぺいし、人間の心理的弱み(3)に付け込んで、自社が設定した各種タスクの実行および有料サービスを購入するよう消費者を誘導している。このような行為は詐欺罪を構成し、社会の秩序を著しく乱している」と主張。このEC業者に対し、サービス購入費用の返還と経済的損失の賠償、実際の割引ルールを含むキャンペーンの詳細の公表などを求めた。現在、この訴訟は係争中で、裁判所がどのような判断を下すか関心を集めている。
現実には、このような一般の人々の利益が損なわれる事案は決して珍しくない。また、その解決のために立ち上がる人もおり、その多くが弁護士だ。
視聴者の「権益」巡る訴え
中国では昨年、動画配信サービス大手の愛奇芸(iQIYI、アイチーイー)などが配信した歴史ミステリードラマ『慶余年』が大ヒットした。筆者の妻もハマってしまい、愛奇芸の「ゴールドVIP会員」になって熱心に視聴していたが、息もつかせぬ波瀾の展開に次の配信が待ちきれない様子だった。愛奇芸は、こうした視聴者が現れることを予想してか、ゴールドVIP会員向けに、50元払えば次週配信分の6話をオンデマンドで「先行視聴」できる(4)サービスを導入。『慶余年』の配信開始後に会員規約を改定し、「先行視聴」に関する内容を盛り込んだという。
これに上海のある弁護士がかみついた。この弁護士は2019年6月に愛奇芸のゴールドVIP会員になったが、当時は最新話を見るために別途料金を支払う必要はなかったからだ。これを不満に思い、愛奇芸を契約違反で訴えた。
北京インターネット裁判所は審理の結果、愛奇芸が一方的に変更した会員規約に基づいて、『慶余年』の配信期間中に「有料先行視聴サービス」を導入したことは、ゴールドVIP会員の先行視聴の権利を損なう行為であるとの判断を下した。「先行視聴」サービスそのものは問題ないが、会員の既存の権利を損なってはならないという趣旨だった。
判決は、同社に対し原告にゴールドVIP会員の権利を15日間連続で提供するとともに、原告の公証費用1500元を賠償するよう命じた。
駅での「禁煙権」を守る
高速鉄道の鄭州東駅(河南省)には、2階の列車待合ロビー内の東西南北四隅に喫煙室が設置されている。これに異議を唱えたのが、北京で弁護士を務める殷清利氏だ。殷弁護士は、この喫煙室は11年5月1日から施行された『公共の場所の衛生管理条例実施細則』に違反すると主張。この4カ所の喫煙室の撤去を求め、19年11月、鄭州鉄路運輸裁判所に訴えを起こした。
第一審の同裁判所は翌12月、原告の請求を棄却した。判決はその理由を①鄭州東駅待合ロビー内の喫煙室設置は現行の法律および地方法規の規定に違反しない②同駅は一定の措置を講じて喫煙室を管理し煙の拡散を防いでいる③原告の身体的健康を損なっておらず、原告の主張は法的根拠を欠くとした。さらに翌年4月の第二審でも一審判決を維持する判決が下され、裁判で殷弁護士の請求は認められなかった。
ところが、それからわずか2カ月後、河南省人民代表大会(県議会に相当)の常務委員会によって同省の衛生条例が改正され、それまであった「都市市街区の公共の場所および公共交通機関内においては、喫煙所を設置することができる」という文言が削除され、喫煙(電子タバコを含む)の全面禁止が明確化された。結果的に、殷弁護士の目標は訴訟外で達成されたのだった。
少々回りくどくなったが、これらの事例は、いずれも多様化する価値(利益)を巡る大衆(消費者)と事業者間の紛争だ。だが、事業者が侵害したこうした利益は、今や多くの人々の利益――公益になりつつある。この多様化した公益を守るために、これらの弁護士は立ち上がったのだ。
未成年者保護も「公益」
本当の意味での「公益訴訟」で弁護士が積極的な役割を果たしたのが以下の事例だ。
今年6月1日、改正『未成年者保護法』が施行されたその当日、公益団体「北京青少年法律援助・研究センター」は、ネットサービス大手のテンセント(騰訊控股)が運営する中国で最も人気のオンラインゲーム『王者栄耀』(オナー・オブ・キングス)が未成年者の法的権利を著しく侵害しているとして、同法に基づき未成年者保護の「民事公益訴訟」を北京の裁判所に提訴した。この民事公益訴訟とは、社会で共通する利益が侵害された場合、法で定められた機関や組織が訴訟を提起できるという制度だ。同センターはまさにそうした社会機関で、弁護士が責任者を務め、主な構成員も弁護士である。
同センターでは、『王者栄耀』の未成年者に対する権利侵害行為を①もともと「18歳以上」だったゲームの対象年齢を17年に「16歳以上」に引き下げ、今年は「12歳以上」まで下げた②ゲーム内にはアイテムを課金やくじを引いて当てる機能など12歳以上でも不適切なコンテンツがある③キャラクターの衣装の過度な露出――などが政府の規則に違反していると指摘している。
中国でも青少年のネット依存(5)は深刻な社会問題となっている。筆者は、この公益訴訟で原告である同センターの勝訴を期待している。原告勝訴の判決が下れば、運営会社は未成年者のゲーム依存や過度な課金を防ぐ措置を講じるだろう。そして、それが未成年者保護という公益保護に向け、さらに大きな社会的な機運の醸成につながっていくよう期待する。
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(2)泣き寝入りする 忍气吞声
(3)人間の心理的弱み 人性弱点
(4)先行視聴する 超前点播
(5)ネット依存 网瘾