ネットトラブルと権利保護
鮑栄振=文
先日、友人のW氏から、インターネットからの個人情報の漏えい(1)によるトラブルに巻き込まれた、との相談を受けた。ちょうどタイムリーな話題なので、今回は、ネットでのトラブル、特に消費者と事業者間の問題についてご紹介したい。
中国のインターネット業界は急速な発展を遂げており、ネット技術と他の産業が結び付く「インターネット+(プラス)」や人工知能(AI)が社会や日常生活に浸透し、14億人に新たな体験をもたらしている。しかし、その一方でネットを巡るトラブルも年々増加し、複雑で難解な新しいタイプのトラブルの処理に裁判所は頭を悩ませている。
知らずに漏れる個人情報
今回W氏が遭遇したトラブルは、他の人も経験したことがあるはずだ。W氏は有名な旅行予約サイトを通じて航空券を購入した。しかし出発の前日、見知らぬ携帯番号からショートメールが届き、予約した便が機材の故障で欠航となったので、すぐにカスタマーサービスに連絡して変更手続をするよう促された。W氏がすぐに航空会社に連絡すると、それは詐欺メールだろうと言われた。
この見知らぬ携帯番号からのショートメールには、氏名はもちろん、予約便名などの個人情報が記載されていた。そこでW氏は、旅行サイトや航空会社から個人情報が漏れたのではないかと考え、両社を相手取り、プライバシー侵害で精神的苦痛を受けたとして謝罪と損害賠償を求める訴えを起こせるか――と筆者に尋ねてきたのだった。
筆者は、訴えを起こすことは十分可能であり、勝訴の可能性も高いと伝えた。というのも数年前、旅行サイト「去哪児ネット」(Qunar・com)で航空券を買った人が、個人情報を漏えいされたとしてサイト側と航空会社を訴えた類似の事例があり、裁判で原告が勝訴していたからだ。しかし、判決が両社に命じたのは原告への謝罪だけで、原告のもう一つの主張の精神的苦痛に対する損害賠償請求については、漏えいにより明らかな精神的苦痛を受けた証拠はないとして、認められなかった。
このようにネットでの個人情報漏えいを巡るトラブルでは、原告は、被告による個人情報漏えいを示す直接的な証拠を持たない場合が多く、不利な立場だ。しかし、上記の事例では裁判所は柔軟な姿勢で審理を行い、被告が個人情報を漏えいした可能性が高く、被告の過失を認定し、責任を負うべきとした。このような判断が示されたことは、消費者の個人情報保護において非常に大きな意味を持ち、情報の伝達・共有と個人のプライバシー保護とのバランスの点でも大いに参考となる。
SNSの不適切発言で裁判
現在、毎日10億9000万人がLINEのようなSNSアプリ「ウイーチャット」(微信)を利用し、7億8000万人が他人のモーメンツ(2)(投稿機能)を見て、1億2000万人が自らモーメンツに投稿しているという。
ここまで大規模となったウイーチャットの世界はまさに広大な海のようで、さまざまな言説があふれている。だが、中には不適切なものや中傷なども少なくなく、多くの名誉毀損(3)のトラブルを引き起こしている。例えば次のような事例だ。
ある団地でA社は美容室を経営しており、そこでA社の株主の黄氏は美容師も兼任していた。ある日、美容室のサービスを巡り、この団地のオーナー邵氏と黄氏が口論となった。その後、邵氏は団地オーナーからなるウイーチャットグループのリーダーという立場を利用し、同グループ内で何度もデマを流し、A社と黄氏を中傷するとともに黄氏を同グループから除名した。これによりA社の事業は大きな損失を被った。そこでA社と黄氏は、邵氏を相手取り謝罪と名誉回復を求め、損害賠償と精神的な慰謝料計3万元を求める訴えを起こした。
邵氏はウイーチャットグループ内でA社と黄氏をおとしめる発言を行っていた。だが邵氏は、その発言が客観的に真実であることを示す証拠を裁判で提示できなかった。従って、邵氏の発言はA社と黄氏の社会的評価を低下させ、名誉を毀損すると認定され、民事上の責任を追及された。結局、一、二審とも黄氏の謝罪と精神的苦痛に対する損害賠償、A社への謝罪と経済的損失の賠償を求める主張が支持された。
急増するネット通販トラブル
インターネット+時代に入って最も大きな影響を受けたのは、コミュニケーションとショッピングだろう。都市では生活用品などはよくネットで購入するようになった。
第45回『中国インターネット発展状況統計報告』によると、昨年3月までで、中国のオンラインショッピング(出前や旅行、タクシー配車、教育、動画、音楽、ゲームなどを除く)の利用者数は7億1000万人に上り、2018年末から1億人増え、ネットユーザー全体の78・6%を占める。またネット消費の発展に伴い、ショッピング関連の契約トラブルも年々増加している。
2019年6月、于氏は通販サイト「淘宝」(タオバオ)で阮氏が運営するネット店から日本製の粉ミルクを1缶買い、代金138元を支払った。ところが、後日商品を受け取った于氏は、粉ミルクの製造地が埼玉県であることを発見。中国では、埼玉県は放射能汚染の影響を受けた地域とされているため、返品を求めた。
これに対し阮氏は、商品は注文を受けてから代理購入したことを理由に返金を拒否。また、問題のある粉ミルクを税関が市場に出回らせたりはしないと述べた。そこで于氏は、阮氏に代金138元の返金の他に、損害賠償としてその10倍の1380元を求めて訴えた。
裁判所は、于氏が代金の支払いを済ませた当日に粉ミルクが上海から発送されていることを重視。阮氏は注文後に日本から粉ミルクを代理購入したのではなく、すでに日本から仕入れてあった粉ミルクを于氏に販売したと認定した。その上で、売買契約に基づき販売される商品は中国の食品安全基準に適合しなければならないが、この粉ミルクは食品および食用農産物の輸入が禁止されている埼玉県のもので、食品安全基準を満たしていないと指摘、阮氏に1380元の損害賠償を命じた。
権利保護手段としての法律
実際は、于氏のように自らの権利を守るために立ち上がる消費者は多くない。EC(電子商取引)サイトとの間で複雑なトラブルが発生しても、消費者の多くは証拠集めの困難や管轄地の裁判所に通う手間、「裁判嫌い」という伝統的な価値観などの理由から、自身の合法的権益を守ることを放棄している。
これに対し、「消費者権益保護法」「食品安全法」などの法律では、「法に基づく権利保護で利益が得られる」というトップダウン設計(4)により、消費者が詐欺に遭った時に積極的に権利・利益を守る(5)よう奨励し、民衆の力によって不誠実な事業者を罰することを目指している。
例えば、「消費者権益保護法」は、事業者が商品またはサービスの提供で詐欺を行った場合、消費者の要求に応じて賠償額を上乗せしなければならず、その額は消費者が購入した商品の代金または受けたサービス費用の3倍と規定している。「食品安全法」でも、食品安全基準を満たさない食品を生産したり、同基準を満たしていないことを知りながら食品を販売したりした場合、消費者は損害賠償の他に生産者や販売者に10倍の賠償を請求できるとされている。
消費者にとって法律を守る真の意味とは、単に法を犯さないという消極的なことだけでなく、自らの権利・利益を守るために積極的に法を活用することも含まれているのだ。今後、ますます多くの消費者が法律という武器を手に取り、権利侵害に立ち向かっていくことを期待したい。
(1)個人情報の漏えい 个人信息泄露
(2)モーメンツ 朋友圈
(3)名誉毀損 侵害名誉权
(4)トップダウン設計 顶层设计
(5)権利・利益を守る 维权