「3・15晩会」と消費者保護
鮑栄振=文
3月の中国は忙しい。毎年、上旬に「両会」(二つの全国会議)――全国人民代表大会(日本の国会に相当)と中国人民政治協商会議(国政への助言機関)が開催される。そして、その後には「3・15晩会(夕べ)」が控えている。
この「3・15晩会」とは、CCTV(中国中央テレビ)が世界消費者権利デーの3月15日に毎年放映する特番で、消費者の権利を巡るさまざまなトラブルを取り上げる。
放送日、企業側は戦々恐々
「3・15晩会」では毎年、企業による消費者権利の侵害事案が大々的に暴露される。ショッキングな映像が放送されることも珍しくなく、取り上げられた事案は瞬く間にSNSで拡散し、企業は謝罪を迫られる。同番組は1億人以上が視聴すると言われ、企業も対応を誤れば事業に大きな支障をきたす。
例えば、2016年の同特番では、アップルが中国国内と海外で異なる保証対応を行っているという問題が取り上げられた。放送後、「中国に対する差別だ!」などといった声が中国全土で巻き起こり、最終的に同社はCEOが上海まで出向いて公式に謝罪をする羽目になった。
また昨年には、米の住宅設備大手のコーラー社やBMW、ファッションブランドのMaxMaraが、系列店舗に顔識別機能を持つカメラを設置し、来店客の顔情報を収集していたとして、また長安フォードと日産インフィニティはトランスミッションに故障が頻発していると報道され、いずれも関係者は対応に追われた。
「3・15晩会」では、標的となった企業を容赦なく告発する。これまでに、ナイキやマクドナルド、フォルクスワーゲン、スターバックスなどの欧米系企業とともに、日産やニコン、吉野家などの日系企業が取り上げられたこともある。もちろん中国企業も同様だ。
また同番組の放送後には、関係当局が直ちに調査・規制に乗り出すことも多い。このため、日系企業も含め、「今年やり玉に挙げられる企業はどこか」と戦々恐々として3月15日の夜を迎える企業関係者も少なくない。
消費者トラブルの現状と特徴
中国で消費者権利の保護について定めた『消費者権益保護法』が施行されたのは1994年。当時は、社会主義市場経済に移行し始めたばかりで、中国経済は未熟で消費者トラブルも複雑なケースは多くなかった。しかし今世紀に入ると、世界貿易機関(WTO)加盟を契機として中国経済は高度成長時代に突入。第1、2次産業に加え、観光や金融、不動産などの第3次産業が発展し、サービス取引を巡る消費者トラブルが大幅に増加。国民所得が向上し、消費習慣や意識の大きな変化もこの流れを後押しした。
例えば昨年上半期、全国の消費者協会に寄せられた苦情は52万1976件に上り、このうち商品に関する苦情は24万756件(46・1%)、サービス関係は25万8915件(49・6%)で、後者がわずかに多かった。
苦情が多い上位5項目は、商品では食品、自動車および自動車部品、衣料品、通信関連製品、靴。またサービスではインターネット上の有償サービス、飲食、インターネット接続、研修、美容・理容だった。昨今のインターネット業界の急速発展に伴い、ネット通販が消費の形として普及したことで、関連するトラブルや被害が多くなっていることがうかがえる。
「3・15」から365日へ
91年に放送が始まった「3・15晩会」は、多くの模倣品や不良品、企業による消費者権利の侵害事案を白日の下にさらし、消費者の権利意識の向上に大きく貢献した。だが、残念ながら報道機関は司法機関ではない。CCTVは報道を通じて世論による監督の役割を発揮し、消費者に注意を喚起するだけだ。当然、消費者権利の保護は、1年1回の3月15日だけというわけにはいかない。
そこで当局や専門家たちは、長期的かつ効果的な権利保護の仕組み、つまり3月15日の1日だけでなく、365日、常に消費者の権利を守り続ける体制を長年にわたり模索してきた。
その主な取り組みとして、関連法令の整備が進められ、消費者権利の侵害に対する規制が強化されたことが挙げられる。例えば、過去の『消費者に対する詐欺行為処罰規則』が規制対象としているのは、いくつかの悪質な詐欺行為に対してだけで、その他の多くの一般的な消費者権利の侵害行為については、取り締まりの対象外であった。だが、2015年のまさに3月15日に施行された『消費者権益侵害行為処罰規則』では、この空白部分が補われ、広い範囲で消費者権利の侵害行為を規制することが可能となった。
このほか、09年6月1日に施行された『食品安全法』では、損害を受けた消費者が生産者または販売者に対し、損害賠償の他に、支払い代金の10倍の賠償金を請求することができる旨が定められた。また13年に改正された『消費者権益保護法』でも、個人情報の保護やネット通販、公益訴訟、懲罰的賠償など、消費者の権益保護について明確な規定が新たに盛り込まれた。
さらに、14年1月に最高人民法院(最高裁に相当)が発表した『食品医薬品紛争案件の審理における法律適用の若干の問題に関する規定』では、生産者・販売者と消費者間の大きな力の差を是正するため、「知假買假」(偽物と知りながら商品を購入した後、店やメーカーに『消費者権益保護法』に違反するとして損害賠償を求める行為)でさえ容認するなど、消費者側を支持する姿勢を示している。
インターネット業界が急速に発展した今日では、ネット技術と他の産業を結ぶ「インターネット+(プラス)」や人工知能が社会や日常生活に浸透。複雑で難解な新たなタイプのトラブルが次々と生じており、立法・司法の面での対応が急務となっている。関係機関はすでに多方面で対応に乗り出しており、例えば、新たな商慣習である「プリペイド方式(前払い)消費」に的を絞った法律を制定し、昨今問題が頻発している「企業における前払い金の取り扱い」に対する管理を強化している。
また、インターネット分野での不公平なアルゴリズムの活用、ライブコマース、コミュニティー(団地)での共同購入といった問題に対して、個人情報の保護や独占禁止、不正競争防止などの関連法律、基準の制定・改定を通して、新興業態や新技術の応用に対する規制・管理を強化している。
同時に、消費者自身がしっかりとした権利保護意識と、生産者・販売者に対する監督意識を持つことも欠かせない。正当な権利を侵害されたときには、勇気を持って法に基づいた権利を主張し、沈黙せず、「いじめられっ子」にならないことこそが、消費者の権利保護が行き届いた社会の実現につながるのである。