弁護士が注意怠ると……
鮑栄振=文
「油断一秒、怪我一生」。筆者が以前に中国法律代表団のメンバーとして日本を訪問したとき、ある団員がこの標語を見つけ、その意味を聞いてきた。彼は中国語風に解釈し、「油(またはガソリン)を1秒でも切らしたら、自分は一生責められるってこと? ひど過ぎるんじゃないか」と言う。
筆者は、「ちょっとした不注意で一生のをするかもしれないから、気を付けよう」という意味で、中国語でいう「大意失荊州」(不注意で荊州を失う)に近く、注意喚起を促すための標語だと説明した。
この「不注意で荊州を失う」ということわざは、日本人にもなじみの深い三国志演義に由来する。荊州(現在の湖北省一帯)の守備を任されていた関羽は、曹操への攻めに兵力の多くを動員し、守りをおろそかにする。その隙を呉の呂蒙に突かれ、荊州を奪われてしまう――。中国人なら誰もが知ることわざで、弁護士業界でも、依頼者に法律サービスを提供する際には細心の注意を払い、ミスをしないよう、自分自身や若手弁護士を戒める言葉としてよく使われる。
例えば、弁護士が本来行うべき相手への調査を怠ったことにより、依頼者が取引相手に巨額の資金をだまし取られた場合、弁護士は弁護費用の返金だけでなく、弁護士のミスにより依頼者が受けた経済的な損失も賠償しなければならない可能性がある。
このような弁護士のミスは、日本では弁護過誤と呼ばれる。筆者の周りでも、知り合いの若手弁護士が、交通事故で亡くなった被害者の年齢を1歳間違えたことで、賠償額が3万元も少なくなり、依頼者からその3万元の賠償を求められる事例があった。また中国の弁護士業界では、次の二つの弁護過誤の事例が特に有名だ。
調査怠り賠償800万元
今から十数年前、北京市第二中級人民法院(地裁に相当)が下したある判決が、中国の弁護士業界を大きく揺るがした。弁護過誤により依頼人が1億元をだまし取られた事案で、3人の弁護士が、依頼者に800万元の損害賠償の支払いと、100万元の弁護費用の返金を言い渡されたのだ。これは当時、国内の弁護士に命じられた損害賠償としては最高額であった。
以下はその簡単な経緯だ。2001年7月、河北省のX社は北京の不動産会社Y社と提携し、同市内のある住宅街の共同開発プロジェクトを進める予定だった。そこでX社は、北京市のJ法律事務所を法律顧問として雇い、Y社の詳細な調査を依頼した。J法律事務所は一通りの調査の後、この住宅街の開発プロジェクトは確かにY社の名義で進められている、との結論を下した。これに安心したX社は、Y社に1億元を支払ってこの開発プロジェクトを買い取り、J法律事務所には100万元の高額な報酬を支払った。
ところが翌02年5月、この住宅街内で知らない会社が建設工事を行っているのをX社が発見した。急いで調べたところ、驚いたことに、そもそもY社にはこの住宅街の開発の権利はなく、X社は1億元をだまし取られていたことが発覚したのだった。
実際は、Y社のある株主が、この住宅街開発プロジェクトの権利を別の会社から譲り受け、譲渡契約書に署名して北京市当局から同プロジェクトの認可を取得していた。しかし、この株主が譲渡金を一向に支払わなかったため、結局、プロジェクトは他社の手に渡ってしまった。このような状況の下、Y社の関係者3人がすでに失効した偽の認可文書を利用してX社と住宅街の開発契約を締結、X社から1億元をだまし取ったのだった。この3人は契約詐欺の疑いで北京市公安局により立件・逮捕され、X社は2140万元余りを取り返したが、残る約8000万元は返ってこなかった。
このためX社は、J法律事務所の弁護士らのいい加減な調査により自社が巨額の損失を受けたことは、契約の重大な違反に該当すると見なした。また、J法律事務所が自ら北京市司法局に同事務所の登録抹消を申し出たため、X社は同法律事務所を共同経営する弁護士3人を相手取り、弁護費用100万元の返金と900万元の損害賠償を求めて提訴した。裁判所は、この弁護士3人に対しX社の被った損失800万元を共同で賠償するとともに、100万元の弁護費用の返還を命じる判決を言い渡した。
ずさんな遺言書作成で敗訴
もう一つの事例は次のようなものだ。17年2月、重病で子どものいない高齢のさんは、上海のZ法律事務所に代筆証書遺言の作成を依頼した。内容は、瞿さんが亡くなった後、瞿さん名義の建物を弟Aと妹Bに半分ずつ相続させるというものだった。
果たして遺言書の作成から半月余り後、瞿さんはこの世を去った。ところが瞿さんには、AとB以外にも複数の兄弟姉妹がいることが分かった。さらに、それらの親族は、遺言書が弁護士の立ち会いの下で作成されているにもかかわらず、遺産の分配を求めて騒ぎ始めた。そこでA、B二人は、これらの親族を相手取り、遺言書の通り二人がこの建物を相続する権利があることを認めるよう求め、裁判を起こした。
裁判では、遺言書が有効なものか否かが焦点となった。訴えられた親族は、遺言書には瞿さんの署名がなく、また作成時の録音や録画も残されていないことを理由に、この遺言書が瞿さんの真実の意思を表示しているとは言えないと主張した。
実際、代筆証書遺言の作成方法には問題があった。Z法律事務所から派遣された二人の弁護士は、瞿さんが遺言内容を口頭で伝えた際に書面の記録を残したり録音や録画をしたりせず、事務所に戻った後に記憶を頼りに遺言書を作成していたのだ。このため、この遺言書は、「代筆者は遺言者と証人が署名するその時、その場で作成・署名しなければならない」という「時間的・空間的一致性」の要件を満たしていなかった。
その結果、この代筆証書遺言は遺言者の真実の意思表示であると証明することはできないとして、裁判所から無効の判決が下され、問題の建物は法定手続に従って相続されることになった。するとA、B二人は、Z法律事務所に対し、この建物をA、B二人だけで相続できなかったことについて損害賠償を求める訴えを起こした。裁判の結果、Z法律事務所は敗訴し、118万元の賠償を命じられたのだった。
弁護士の高額賠償時代へ
法治を前提とする市場経済において、弁護士はますます大きな役割を果たすようになっている。企業の上場や破産・更生、有名人の訴訟代理人など、高額な報酬を得られる仕事が増えてきている。だが、それに伴って業務上のリスクもますます高まっている。
特に20年12月、浙江省杭州市中級人民法院が言い渡したある民事訴訟判決は、弁護士業界で大きな話題となった。その中心は上海のある有名法律事務所だ。この事務所が作成した不動産の権利帰属に関する法律意見書は、デューデリジェンス(事前調査)が不十分で、重大な資産の減少状況が対象会社の債務返済能力にもたらす法的リスクを見落としたとして、裁判所は法律事務所に対し3700万元の損害賠償を命じたのだった。
弁護士が提供する専門的な調査・分析サービスや法的な判断は、今や企業の意思決定の前提や重要な根拠となっている。もし弁護士が仕事の過程や最終的な結論で過ちを犯すと、高額な損害賠償のリスクに直面する。こうした弁護士の「高額賠償」の時代は、まだ始まったばかりと言えるだろう。