ギャンブル契約に泣き笑い

2022-08-12 16:29:22

鮑栄振=文

料理店を経営する友人W氏から次のような相談を受けた。支店を出そうと出資者を探していたところ、あるプライベートエクイティファンド(未上場株への投資を行う投資信託。以下PE)から資金の提供を受けられることになった。ところが、出資を受けるためには「ギャンブル契約」(VAM契約)をPEと結ばねばならず、悩んでいるという。

ギャンブル契約とは、出資者の利益を最大限に保護するために、事業の達成・不達成を条件として設定される契約だ。W氏のケースでは、出店が成功して利益が出ればW氏はPEにその一部を与え、逆に失敗したら支店の所有権は出資者に移譲される。W氏にとっては大きなリスクがあるが、すぐに銀行から十分な融資を得られない場合、冒さざるを得ない「ギャンブル」だ。

一方で、このVAM契約は中国では大変素晴らしいものと見られている。2000年代初め、当時まだ民営企業だった蒙牛乳業は、モルガンスタンレーなどの投資会社と結んだVAM契約により大手乳業メーカー(国有)へと躍進した。これを皮切りに、欧米諸国で始まったVAM契約が中国でも盛んに活用されるようになった。


蒙牛は「ギャンブル」に成功

蒙牛乳業の創業者・牛根生氏(64)は内蒙古の酪農家で、1999年に乳業大手の伊利集団から独立し、工場なし・牧場なし・顧客なしで蒙牛を創業。同社は14年後の2013年、牛乳の販売額で中国一の乳業メーカーとなった。

しかし、実は蒙牛は01年から資金調達で苦労していた。当時すでに事業が軌道に乗り始めた蒙牛は、事業拡大の機会を逃さないようIPO(新規株式公開)で資金を集めることにした。

当初、新興企業向けの創業板や、国内投資家向けのA株市場などへの上場を検討したが、さまざまな原因で実現しなかった。ところがこのとき、中国で投資先を探していたモルガンスタンレーと出会った。同社は他の投資会社2社と共同し、3社でコンバーティブル・ノートという一種の転換社債の形で蒙牛への3523万米㌦(当時の2億9000万人民元に相当)の出資などを決めた。

同時にこの3社と蒙牛との間でVAM契約が結ばれ、▽蒙牛の03~06年の年平均成長率は50%を下回ってはならない▽この目標を達成できなかった場合、6000万~7000万株の上場株を蒙牛経営陣が3社に譲渡する▽目標を達成した場合、3社は蒙牛経営陣に一定の株式によるインセンティブを与える――と取り決められた。

こうしたのるかそるかのVAM契約によって、蒙牛はわずか3年で業界のリーディングカンパニーの仲間入りを果たした。さらに蒙牛は04年6月、香港証券取引所に上場し、十数億元の資金調達に成功。その後、モルガンスタンレーら3社も権利に基づき、26億香港㌦という巨額の金を手にしたのだった。こうして蒙牛の事例は、中国においてVAM契約とともに、その代表的な成功事例として知られるようになった。

「賭け」に失敗した有名店

北京で四川料理の有名レストランチェーンと言えば、「俏江南」が挙げられるだろう。女性オーナーの張蘭さん(64)は、中国の富豪ランキングの飲食業分野で09年にランクインするほどの富豪だった。しかし今、俏江南は創業者の張蘭さんが去り、かつての輝きを失っているようだ。その理由はVAM契約での失敗だという。

俏江南の上場を計画していた張蘭さんは08年、C投資会社と以下のVAM契約を結んだ。▽C社が俏江南に2億元を出資した後、俏江南は4年以内に上場を果たす▽4年以内に上場できなかった場合、俏江南の所有権はC社に移譲される▽これを買い戻す場合、張蘭さんが人民元で4億元相当の株式をC社に支払わなければならない――。リスクを取って俏江南の上場を目指した張蘭さんだったが、結果は自身が保有する全株式の72%を売却する羽目になった。

以上の事例から分かるように、VAMはギャンブル契約という名の通り、勝つこともあれば負けることもあるものだ。中には失敗した場合に契約を履行しない者もおり、投資者側が訴えて法廷で契約の有効性が争われることもある。このため、「VAM契約は有効か否か」を巡って法曹界では長年論争が繰り広げられてきた。ところが最高人民法院(最高裁に相当)が13年に下した「VAM契約第1号事件」の判決により、一定の見解が示された。


ギャンブル契約第1号事件

このVAM契約第1号事件こと「海富事件」のあらましは次の通りだ。

海富投資社(以下、海富)は07年11月、甘粛世恒非鉄資源再利用社(以下、甘粛世恒)に2000万元の資金を提供した。その際、海富投資と甘粛世恒、さらに甘粛世恒の株主であるH社の3社間で結ばれた「増資契約」には、▽甘粛世恒の08年の純利益が3000万元を下回った場合、海富が甘粛世恒に補償を求める権利を有する▽甘粛世恒が補償を行わない場合、海富はH社に補償義務の履行を求める権利を有する――というVAM条項が盛り込まれた。

その後、甘粛世恒は業績目標を達成できず、VAM条項に基づく補償責任の履行も拒んだため、海富は補償の履行を求めて提訴。一、二審ではともに「当該VAM条項は無効」とする判決が下された。ところが最高人民法院は判決で、契約中の「目標業績を下回った場合、海富が甘粛世恒から補償を得られる」という約定は甘粛世恒の経営業績からかい離しており、甘粛世恒およびその債権者の利益を損害するものであるため無効とした。一方、甘粛世恒の株主であるH社の海富に対する補償承諾については、甘粛世恒および会社の債権者の利益を損害するものではないため有効である、とした。

この判決により、「投資側と投資先会社の株主とのVAM条項は有効だが、投資先会社とのVAM条項は無効」という原則が確立され、各地の裁判所もこれ以降、同様の考え方で類似の民事事件を判断するようになった。


コロナの影響で紛争続々

実は、中国の映画・テレビなどの興行分野はVAM契約の多い業界だ。これは、ほとんどの映画・番組の製作会社の資産が少ないためだ。だが、同契約により数千万元から数億元に上る製作費(投資)を集める例も多い。これはまさに、ヒットすれば巨万の富を得る「興行」ならではのギャンブル性を示している。

ところがこの2年ほど、コロナの影響を受け、多くの映画や番組の興行・製作側が、VAM契約で設定した業績の達成期限や興行収入、視聴率などの成果・目標を果たせなくなった。このため、同契約を巡り多くのトラブルが生じている。またそのほとんどが、コロナによる影響が不可抗力の原因・理由であるかどうかで争っている。

以下は昨年、北京市第一中級人民法院(地裁に相当)が審理した事案だ。ある映画作品が契約で定められた期間内に公開できず、VAM契約を結んでいた興行者(資金調達側)が訴えられた。しかし被告は不可抗力による免責を主張、裁判の末に認められた。判決では、この映画作品が契約で定められた期間内に公開できなかったのは、コロナ感染症による影響を理由とした公開延期に該当し、被告の抗弁は客観的事実に基づくと認定。従って、この映画作品の公開延期について被告はいかなる責任も負わない、とした。

しかし現在、感染症の流行やその対応策により契約上の履行義務が果たせなかった場合に、不可抗力が免責事由になるかどうか、まだ結論は出ていない。基本的にはこれを証明する証拠が足りるかなど、ケースバイケースであると思われる。

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