過剰な権利主張が侵害に

2023-01-03 16:51:32

鮑栄振=文

高まる中国人の法律意識の一面を表す例として、こんな話がある。ある大学生が餃子店で食事をした際、料理の中から金属たわしの破片が出てきた。彼は店長を呼んで賠償を求めたが、話はまとまらなかった。そこで消費者相談ホットライン「12315」に電話し、苦情を申し立てた。さらにその後、餃子店側に1000元の損害賠償と食事代の返金を求めて民事訴訟を起こした。一、二審ともに食事代の返金は認められたが、賠償請求は認められなかった。餃子店側が金属たわしの破片を故意に料理に入れたことを示す証拠がなかったからだ。 

手間も時間もかかる訴訟を、学業を抱える大学生が二審まで争い、さらに裁判で争うつもりだと聞き、その法律知識や権利の追求ぶりに驚かされた。請求額が少額なことから、彼は金のためではなく、「納得のいく答えが欲しい」という一念で訴え続けたのだろう。 

実は、この「納得のいく答えが欲しい」(中国語で「討説法」)は、張芸謀(チャン・イーモウ)監督が30年前に製作した映画『秋菊の物語』(原題『秋菊打官司』)で、女優鞏俐(コン・リー)演じる主人公の農村女性・秋菊のせりふだ。映画では、夫を蹴ってけがをさせた村長に、妻の秋菊が怒って謝罪を求める。ところが村長が謝らないため、秋菊は「納得のいく答えが欲しい」と郷から県、市の公安局へと次々に訴え出て、騒ぎはいつしか裁判へと発展していく――。 

同作は、改革開放後における中国社会の移り変わり、とりわけ中国人の法律意識、権利意識の芽生えを克明に描き出した名作だ。観客に強烈な印象を残した「納得のいく答えが欲しい」というせりふは、これ以降、中国人が自身の権利を守ろうとする際の決まり文句となった。 

秋菊の登場から30年が過ぎ、特に「法に基づく国家統治」が進められているここ数年、中国人の法律意識、権利意識は目覚ましい向上を遂げた。だがその一方で、予想もしなかった問題が生じている――自らの権利を守ろうと過剰な主張をし、他人の権利を侵害するケースが出てきているのだ。 

賠償狙いの権利主張も登場 

実際に過剰な主張が問題となった事例を紹介する。 

2018年7月11日、王氏は市にあるテクノロジー関係のA社に入社した。月給は1万元、労働契約書は取り交わさなかった。そのわずか2日後の13日、A社は王氏が応募条件を満たしていなかったとして、雇用関係を解除した。翌年3月、王氏は同市宝安区の労働人事紛争仲裁委員会に仲裁を申し立てた。しかし、王氏がA社との雇用関係があったことを証明する有効な証拠を提出できなかったため、受理されなかった。王氏はこれを不服として訴訟を提起。被告のA社に対し、7月11~13日の未払い給与1000元と、雇用関係の違法解消に対する賠償金1万元の支払いを求めた。 

裁判では、王氏が16~19年に十数社との間で労働紛争を起こしているという証拠をA社が提出。王氏は認めなかったが、審理の中で証拠は事実と確認された。 

結局、一審判決では1万元の賠償請求は棄却され、未払い給与1000元の請求についても、A社の主張に基づき約120元の支払いがA社に命じられただけであった。 

わずか3年の間に十数社と労働紛争を起こしていた王氏については、一体何のために企業と雇用関係を結んでいるのか疑いの目で見ざるを得ない。実際、裁判官が判決で同様の疑念を呈している。 

近年、労働関係の法知識の普及に伴い、一部の人が労働者保護に重きを置いた労働関連法を利用し、企業の労務・人事コンプライアンス管理の抜け穴につけ込むケースを見掛けるようになった。例えば、最初から訴訟などの手段を用いて補償金や賠償金を得ることを目的に、企業と雇用関係を結んだ上で、訴訟などを起こす「過剰な権利主張」の現象が出現している。 

このような労働紛争や消費者トラブルにおける過剰な権利保護の主張は、普通は責任を問われない。しかし、ここ数年、過剰な権利主張事件で当事者が恐喝罪に問われて逮捕や起訴されることが相次ぎ、社会の関心も高まっている。今年6月号の本コラムで紹介した人気芸能人のスキャンダル事件もその一例で、不倫を重ねる男性俳優に手切れ金を要求した女優に、恐喝罪で懲役3年、執行猶予3年の有罪判決が言い渡された。また、消費者トラブルにおいて刑事責任が問われた次のような事例もある。 

巨額賠償を要求し実刑判決 

「今麦郎」と言えば、中国では誰もが知るインスタント麺メーカーだ。その「今麦郎」は、かつて消費者から巨額の賠償金を要求されたことがある。 

14年12月、黒龍江省のトラック運転手Lは、「今麦郎」の即席ラーメン4袋をスーパーで購入。そのうちの1袋を食べたところ、すぐに下痢の症状が現れた。この麺を疑ったLが残りの3袋を調べたところ、いずれもすでに消費期限が切れており、また同封されていた調味料の酢のパックの中に「ガラスくず」のようなもの(後にガラスくずではないと判明)が混入していることに気付いた。そこでLは、「今麦郎」に対し酢パックに「ガラスくず」が入っていたとクレームをつけ、300万元の賠償を要求し、賠償に応じない場合はメディアにこの一件を暴露すると伝えた。 

Lは「今麦郎」側と話し合う一方で、問題の酢パックの成分分析を二つの検査機関に依頼した。その結果、1社から、中国の食品安全基準による「食品中の汚染物質の最大許容量の4・6倍の水銀と、同許容範囲内の亜硝酸塩が検出された」という報告を受けた。これを基にLは、自身の母親が乳がんを患ったのも、母親が「今麦郎」の即席麺をよく食べていたことと関係があると判断、賠償金額を500万元に引き上げた(後に450万元に引き下げ)。 

しかし、最終的に「今麦郎」側は賠償金の支払いを拒否。するとLは大手ソーシャルメディアの「微博」(ウェイボー)に「『今麦郎』には発がん性物質が含まれている」などと書き込んだ。その後、「今麦郎」の通報でLは逮捕・起訴され、二審の河北省刑台市中級人民法院(地裁に相当)から恐喝罪で懲役5年の実刑判決が言い渡された。 

知財分野でも多い過剰主張 

筆者の経験では、消費者トラブルだけでなく、知的財産権の分野でも権利保護のための過剰な主張が頻繁に見られる。 

激しい市場競争の下、企業が自らの知的財産権や正当な権利を守ろうとするのは当然のことだ。だからこそ、一連の知財関連法や「不正競争防止法」がある。とはいえ、自らの知的財産権を守るためなら、どのような主張をしても良いというわけではない。 

例えば、「自らの知的財産権が他者に侵害された」と判断した企業は、相手側に権利侵害の警告状を送ったり、メディアで声明を発表したりすることがしばしばある。もし、相手側の権利侵害が客観的事実に基づくものであれば、そのような対応は正当であり、問題はない。しかし、司法や行政機関が「侵害」と認定していないにもかかわらず、主観的に「○○社は当社の知的財産権を侵害している」と断言し、内容をでっち上げ、広めることは、人々の誤認を招き、相手側経営者の商業的信用を損なうことになる。このような過度の権利保護の主張は、逆に商業上の中傷として訴えられる可能性が高い。 

いかに自らの権利を守るためであるとはいえ、その方法や程度には細心の注意を払う必要がある。法律の許す範囲を超えて過剰な権利保護(の主張)をしてはならず、それを超えてしまうと権利保護が侵害に変わり、ひいては自らが犯罪者となる恐れがある。 

 

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