一人っ子世代を見つめる

2020-06-09 10:26:41

邢菲=文

  1組の夫婦に1人の子ども。1979年から実施され始め、2016年に廃止された「一人っ子政策」によって、この間に誕生した人口2億以上のほとんどが兄弟のいない子どもとして生まれた。その一員でありながら、私はドキュメンタリーディレクターの目で、2組の一人っ子世代の家庭を10年間見つめてきた。

 

 上海のどこにでもある公園の平日。ゼロ歳の赤ちゃんを抱っこする人も、2~3歳の子どもに水を飲ませる人も、はしゃぐ4~5歳の子どもを後ろから追い掛ける人も、皆50代後半~70代のお年寄りだ。 

 「上海では孫は祖父母が育てるのさ」

 「一人っ子世代に子育てなどできないよ」

 私たちのカメラにこのように「文句」を言うのは、祖父母たちだ。彼らの子どもは、溺愛されて「小皇帝」と呼ばれる一人っ子世代。「小皇帝」たちが今、親となり、出産と子育てのピークを迎えている。

 

多くの中国のお年寄りにとって、孫の面倒を見ることは定年後の「定番」だ(cnsphoto)

 一人っ子として生まれた私は、小さい頃から「わがまま」「協力性がない」「寂しい世代」と言われてきた。かつて読んだ文章は、中日両国の小学生が参加する合宿で、中国人の子どもが自力で何もできず、日本人の子どもに完敗したことを取り上げ、中国の未来は危ないと警鐘を鳴らしていた。少なくとも自分は厳しく育てられたため、私たち一人っ子世代はそれほど駄目な世代なのかと疑問を思ったまま大人になった。2010年代に入り、親になった一人っ子世代が子育てを親に任せることで新たな批判を引き起こした。10年、一人っ子政策が最も厳しく実施された上海で、私は一人っ子世代の子育て事情を取材した。

 取材に応じてくれたのは、2組の家庭だ。1組目は出産を3カ月後に控えた楊さん(28、取材当時、以下同)と妻の張さん(23)。近くに住む楊さんの母親が毎日やって来て、食事の支度から洗濯まで全ての家事をしている。楊さんにずばり「あなたは小皇帝ですか」と質問すると、「そうだと思う。親は過保護で、僕の面倒を見ることはすでに習慣なんだ。だから喜んで面倒を見てもらっている」と答えた。また、楊さん夫婦はマミーケアセンター、つまり出産直後の母親と赤ちゃんをサポートする施設に申し込んだ。費用は1カ月50万円で、外資企業で働く楊さん夫婦の1カ月分の給料に相当する。「能力不足は一人っ子世代全体に言えることだ。マミーケアセンターのような解決法は必ずある」と楊さんは言っていた。

 

費用は高いが、赤ちゃんが専門的かつ全面的なケアを受けられるので、「マミーケアセンター」を選択する人は少なくない(新華社)

 もう1組の家庭は、2歳の息子を持つ林さん(30)と夫の陳さん(30)だ。林さんは外資系企業で働き、家に帰るのは夜7時半以降になる。同じく外資系企業で働く夫の帰宅は、いつも息子が寝てから。そのため子育ては、義母や家政婦に任せっきりだ。林さんは毎週日曜、息子を「エリートベビー教室」に通わせる。いち早く、子どもの言語能力や認識能力を高め、学校に入った時に少しでも優秀な成績が取れるようにするためだ。共働きで目指してきた暮らしを送ってはいるが、息子は生まれてから一度も林さんと一緒に寝ていない。「子どもが小さいうちはそばにいたい。しかし、現実的に無理だ。今はできるだけ仕事をし、家族にいい生活をさせてあげたい」と林さん。

 子育てを強いられているように見える祖父母たちにも感想を聞いてみた。林さんの義母は、林さんは毎年自分や夫に海外旅行をプレゼントするなど、親孝行をちゃんとしているいい嫁だと褒めた。楊さんの両親は、親が子どもの面倒を見るのは中華民族の伝統で、面倒を見てあげたいと答えた。

 一人っ子世代に対して、今までマイナスの側面を見ることが多かった。2組の家庭の子育て事情やその理屈にあぜんとしたことがたくさんあったし、酷使といえるほど親に子育てを手伝わせることは決して正しいことではないと思う。しかし、一家を挙げた努力から強い絆も感じた。親頼りの子育てがあるからこそ、中国人女性は社会に進出でき、キャリアを築くことができる。中国経済も女性の参加によってより活発になっていると思う。行き過ぎの一面を取り上げながら、その合理性も日本人の視聴者に伝えたかった。

 16年、一人っ子政策が廃止された。楊さんや林さん一家がどのような生活をしているかが気掛かりで、17年の春、再び取材をするために上海へ行った。かつて中間層だった彼らは経済発展の波に乗り、中国が規定する富裕層、つまり年収1500万円(100万元)以上の家庭となっていた。 

 楊さん一家は、長男の出産から2年後に第2子をもうけた。上海では、全国に先がけ一人っ子政策の廃止が実験的に行われたからだ。外資系企業に勤めていた楊さんは、6年前に起業して社長となった。中国で急成長したインターネット販売の広告撮影やイベントを手掛けている。妻の張さんは、自分の手で子育てがしたいと専業主婦になり、夫の両親の手伝いも少しずつ断ってきた。長男は、次男が生まれた頃から頻繁にいたずらを繰り返すようになり、一度幼稚園から退園させられた。一人っ子として育った楊さん夫婦は、兄弟がいる感覚だけは理解できないといい、一家でカウンセリングに通っている。楊さんは「寂しくさせたくなくて2人目をもうけた。必ずうまくいくと思っていた。でもけんかやおもちゃの奪い合いが始まり、私たちは困ってしまった。確かに子どもはストレスの一因だ。でも原動力でもあるんだ」と言う。

 林さんは、別の外資系の会社に転職してキャリアアップした。そして、2年前に長女を産んで、引き続き義母と家政婦に面倒を見てもらっている。息子が生まれた時は誰もが世話をしたがったが、娘の時はもういろいろ経験済みで、最初の時のようにぶつかることはなくなったという。小学生になった9歳の息子に対して、林さんは相変わらず教育熱心だった。競争がますます厳しくなっていく将来、効率のよい勉強法で息子の希望を楽にかなえさせてあげたいという。

 7年後、2組の家庭がどちらも富裕層になっているとは最初全く想像していなかった。彼らが経験のないことに対して、ぶつかりながらも家族で団結して乗り越えようとするところに感動したが、「えっ」と思うところも逃さず描いた。それでも、一人っ子に対して、ディレクターが好意的すぎると視聴者に批判されるかもしれない。どの家庭もそれぞれ事情があり、理想的な生活をするために、メンバーの合意の上で各自貢献することは、中国ならではのライフスタイルだといえるだろう。

 知り合って10年目の今も、私は楊さんや林さんと連絡を取り合って、2組の家庭を遠くから見守っている。国の政策によって生まれた一人っ子世代。彼らの生涯を見つめていきたい。

 

「寂しくさせたくない」。これは多くの人が2人目の子を産む最大の理由だ(新華社)

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