いまなお「若い」 都江堰

2026-07-29 16:26:00

馬愛梅=文 童趣出版有限公司=イラスト提供 石子児=イラスト

は文明の最初の源流である。いかに水と共生するかは、一つの文明の知恵を試すものでもある。昨年時点で、中国の世界かんがい施設遺産は42件に達し、中国は世界で最もかんがい施設遺産の種類が豊富で、分布が広く、かんがい効果の顕著な国となっている。今月より本誌では、中国の「世界かんがい施設遺産」シリーズを掲載し、水脈をたどりながら、これらのかんがい施設の背後にある知恵を紹介していく。 

昨年12月5日、習近平国家主席は、四川省成都市で中国を訪問したフランスのマクロン大統領に都江堰の歴史と意義を紹介し、都江堰水利施設は世界で現在まで唯一使用され続けている古代水利施設であると指摘した。 

都江堰水利施設は四川省中部を流れる岷江に位置し、紀元前256年に秦の蜀郡守であった李冰の指揮の下、建設が始められた。 

成都平原西部では、岷江が高山峡谷地帯から平原へと流れ込むため地勢が急激に低下し、水流は激しく、河道も不安定であった。四川の灌県(現在の都江堰市)付近に至ると川幅が急に広がり、水勢はさらに増して堤防を破壊しやすく、氾濫による災害が頻発した。また、上流から運ばれた土砂がこの一帯に堆積して河床が上昇し、水害をさらに悪化させていた。 

特に灌県城西南部では、玉塁山が江水の東流を妨げていたため、毎年夏から秋の増水期になると、西側では洪水、東側では旱ばつが発生していた。これが都江堰の置かれていた地理的背景である。 

李冰は魚嘴の築造、宝瓶口の開削、飛沙堰の建設を通じて、岷江の水を平原奥地へと導き、洪水防止水運かんがいに利用した。それによって成都平原は、水害が頻発し、一面が沼沢地と化していた「沢国」や、高地では水不足によって土壌が乾裂し赤く変色していた「赤盆」から、沃野千里の「天府の国」へと生まれ変わった。 

魚嘴宝瓶口飛沙堰という三大核心施設は、どのように役割分担し、相互に連携しながら、「分水―水量調節―排砂」という完全な治水システムを形成したのだろうか。 

宝瓶口――巧みな水量調節 

岷江の水を東へ導くため、玉塁山には幅約12の導水口が開削された。その形が瓶の口に似ていたことから、「宝瓶口」と呼ばれるようになった。 

宝瓶口は、内江が平原かんがい区域へ流入する恒久的な取水口であり、「天然の調節弁」として機能している。岷江の水勢がどれほど大きくても、ここを通って平原へ流れ込む水量は常に安定しており、かんがい用水の安定供給を保証すると同時に、洪水も抑制している。 

宝瓶口を通過した水は、さらに大小さまざまな水路や河道へと分かれ、縦横に広がる扇状の水網を形成し、成都平原の広大な農地を潤している。 

魚嘴――「四六」の分水 

魚嘴形分水堤の先端は魚の頭のような形をしている。この一帯の河道は右岸が高く左岸が低い上、外江は広く浅く、内江は狭く深いため、自然な分水に適した地形となっており、岷江の水は内江と外江へ分けられる。 

渇水期には岷江の流量が少なく、水も比較的澄んでいるため、およそ6割の水が内江へ流れてかんがいを支え、残る4割が外江へ流れる。一方、増水期には岷江の水量が増え、分水比率も徐々に「外多内少」へと変化する。約6割の水が土砂を伴って外江へ流れ込み、放流と排砂を担い、残る4割が内江へ流れ込むことで、「四六に分け、洪水と旱ばつを均す」という動的平衡が実現されている。 

さらに、「魚嘴」は水流の衝撃を緩和すると同時に、水を通し砂をろ過する機能も備えており、洪水による堤防決壊を防いでいる。 

飛沙堰――放流と排砂 

宝瓶口へ流れ込む水量をさらに調節するため、魚嘴分水堤の末端部には、放流排砂施設である飛沙堰が設けられている。これは治水システム全体の安全弁とも言える存在である。 

岷江の水は魚嘴で分流された後、内江を通って宝瓶口へ向かう。しかし宝瓶口の幅には限界があるため、水流はここで制約を受け、内江の水位が上昇する。水位が飛沙堰の堰頂を超えると、余剰の水は飛沙堰を越えて外江へ流れ出し、水を逃がすことでかんがい区域の浸水を防いでいる。 

さらに、飛沙堰には排砂機能も備わっている。 

内江は虎頭岩付近で外江側へ向かって湾曲しており、水流がこのカーブへ入ると遠心力の作用を受ける。その結果、表層の清水は凹岸、すなわち宝瓶口方向へ集まり、一方で下層の大量の土砂を含んだ水流は飛沙堰方向へ勢いよく流れていく。このような水流の層分化に加え、堰を越えて流れる際の流速差によって、飛沙堰付近には強いらせん状の渦流が形成される。 

渦流の回転力は下方かつ外側へ向かう合力を生み出し、川水中の玉石や泥砂などの重い物質を水面外へ「投げ出し」、越流する水流に乗せて外江へ流し込む。これによって、水利施設における泥砂堆積という世界的難題が解決されたのである。 

史料や実測データによれば、飛沙堰はこの渦流作用によって、内江へ流入する泥砂や玉石の80%以上を排出でき、宝瓶口の堆積圧力を大幅に軽減している。 

六字訣ろくじけつ」が導く「歳修」 

都江堰が2000年以上にわたり機能し続けてきた背景には、毎年渇水期に行われる補修作業、すなわち「歳修」の存在がある。 

李冰は内江に石犀を埋設し(明代には「臥鉄」と呼ばれる鉄杭に改められた)、歳修時に泥砂を掘りさらう深さの基準とした。歳修の原則は、「深淘灘、低作堰」である。 

「深淘灘」とは、十分な深さまで川底を掘り下げることであり、「臥鉄」が見えることを基準とする。掘り方が浅すぎると内江の通水能力が不足し、逆に深すぎると飛沙堰の放流機能に影響を及ぼす。 

「低作堰」とは、飛沙堰を高く造りすぎてはならないという意味である。高すぎれば放流に支障を来し、低すぎれば宝瓶口の取水に影響する。 

現在でも、この「六字訣」は内江東岸にある二王廟(李冰親子を祭る廟)の石壁にはっきりと刻まれている。 

「八字格言」が導く治水 

都江堰の治水の格言である「遇弯截角」「逢正抽心」もまた、二王廟の壁面に刻まれている。 

「遇弯截角」とは、河川の湾曲部において、凸岸側の河原を掘削して鋭角部分を削り取り、水流をより直線的にすることで、河岸への浸食を軽減する方法を指す。 

「逢正抽心」とは、直線状の河道中央に土砂堆積が生じた場合、その中央部分をしゅんせつして水流を河道中央へ戻し、両岸への浸食を減らすという意味である。 

絶え間ない建設と修復を経て、都江堰かんがい区の有効かんがい面積は拡大を続けている。新中国成立当初の286万ムー(1ムーは約0067)から、昨年には1165万ムーにまで増加し、四川省内8市41県(市区)をカバーし、3000万人以上に恩恵をもたらしている。現在では中国三大超大規模かんがい区の一つとなっている。 

また、都江堰は従来のかんがい治水機能に加え、現在ではかんがい区域への生態用水供給という役割も担っている。水系連結、河道整備、湿地修復などの事業を通じて、重要な河川や湖沼へ生態補水を行い、地域の水環境を大きく改善している。 

2000年以上前に築かれたこの古代水利施設はいまなお「若さ」を保ち続けているのである。 

人民中国インターネット版

関連文章