山野の滋味あふれる食卓 茶文化が根付く国境の町
茶樹が茂る原生の秘境
普洱市はかつて「茶馬古道」の重要な宿場町として栄えた、プーアル茶の故郷。市域の98%が山地という地形が独特の風土を育んできた。その南西部に位置する瀾滄ラフ(拉祜)族自治県にある「景邁山」は、山全体が茶の木に覆われた、名実ともに「お茶の山」である。
普洱市街地から車で西へ約2時間。景邁山へと続く山道に入ると、タイヤの下からゴツゴツとした石の感触が伝わってくる。山の原生的な環境を守るため、あえてアスファルト舗装をせず、山肌に沿って石を敷き詰めた道だ。車が大きく揺れるたび、慌てて手すりをつかむ観光客を見て、地元の運転手は誇らしげに笑う。「アスファルトは光を反射し、熱を放つ。それが路傍の茶林の成長を妨げてしまうんです。自分たちの乗り心地が多少悪くても、私たちは木を守る道を選びました。景邁山では、人より茶の木の方がずっと大切なんですよ」
2023年、「普洱景邁山の古茶林文化景観」として五つの古い茶林と九つの古村落が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された。茶をテーマにした世界遺産は、これが世界初である。温潤な気候に育まれた約1200㌶の古い茶林には、1000年以上の歴史を誇る100万本超の古い茶の樹が息づく。山全体が、まさに「生きた茶樹の自然博物館」なのだ。
早朝、景邁山は薄衣のような霧に包まれる。藍色の伝統衣装をまとったプーラン(布朗)族の茶農家、シェンゴン(仙貢)さんが竹籠を背負い、湿った石畳を歩いてきた。彼女は訪れた一行を自家の茶園に招き入れると、熟練した動きで茶の木に登り、摘みたての柔らかな茶の芽を手渡してくれた。「ゆっくりかんでみてください。最初はほろ苦く、やがて甘さが広がっていく。これが景邁山の味なんです」
景邁山の人と茶の絆は、プーラン族の先祖、パアイレン(帕哀冷)の伝説にまでさかのぼる。10世紀、パアイレンの率いるプーラン族の先人たちがこの山にたどり着いた際、猛烈な疫病が彼らに襲いかかった。祈禱師の祈りも薬草も効かず、人々が高熱に苦しめられていたとき、偶然、野生の茶葉を口にした者が奇跡的に回復した。パアイレンがこれを神の恵みと考え、茶の葉を採取し、お湯で煮て飲ませたところ、人々の容体は徐々に快復していった。この災難を経て、パアイレンはプーラン族をここに定住させ、野生の茶樹を栽培化し、森の中に茶園を切り開いた。これが、原生林を壊さず高い樹木の下に茶を育てる「林下茶」の始まりだ。森の生態系を壊さずにその恵みを授かって共生するこの伝統的な茶の栽培により、プーラン族は「茶の守り人」となり、パアイレンも「茶祖」として代々あがめられるようになった。現在も毎年4月中旬には「山康茶祖節」が開催され、プーラン族の人々は華やかな民族衣装に身を包み、山の「茶魂台」に集まって盛大に祈りをささげる。村のおさが儀式をしきり、村民は供物を手に、「茶祖の魂」に茶の豊穣と村の安泰を祈るのだ。
景邁山の茶が「茶馬古道」でその名をはせたのは、大自然の恩恵と茶農家の知恵があったからだ。温暖湿潤な環境は、高品質なプーアル茶の原料となる「雲南大葉種」を育む。この品種は茶葉が肉厚で柔らかい。さらに、茶林にはキンモクセイやクスノキがあえて混植されており、その天然の香りが歳月をかけて茶葉に染み込む。かつての老練な茶商たちは、その香りを一嗅ぎしただけで景邁山の茶だと識別できたのだという。
世界遺産に登録され、世界中の人々に名が知られるにつれ、静かな山里の暮らしにも新しい風が吹いている。昨年7月、シェンゴンさんはプーラン族伝統の「干欄式(高床式)」の木造建築を生かした宿をオープンした。庭には季節ごとに異なる花が咲き、窓からは緑豊かな茶林を眺めることができる。「以前はお茶を売るだけでしたが、今は『茶の山の24時間』を届けています」と彼女は語る。朝は雲海を眺め、昼は茶摘みと製茶の体験、夕暮れ時にはいろりを囲んでおしゃべりをし、夜は虫の鳴き声を聴きながら眠りに入る。観光客はここで、茶の山の日常に溶け込むことができる。
山に点在する村々は、それぞれ異なる表情を持つ。標高が最も高い「芒洪古寨」はプーラン族の集落で、朝日と夕日を眺める絶景スポットだ。早朝、ニワトリの鳴き声と共に目を覚まし窓を開ける。運が良ければ湧き立つような壮大な雲海を眺めることができる。毎年3月下旬に春茶の茶摘みが始まると、プーラン族の人々は竹籠を背に茶林を行き来し、摘んだ茶葉は籠の中で山のように積み上がる。各家の庭では竹むしろに茶葉を広げて干し、大きな鉄鍋で茶葉を炒め、老若男女が総出で作業に励み、集落全体が爽やかで甘い茶の香りに満ちあふれる。
一方、「糯干古寨」はダイ(傣)族の村落で、山間のくぼ地にひっそりとたたずみ、うっそうとした茶林に囲まれている。ここは景邁山において伝統建築が最も集まり、保存状態も良好な集落で、94棟の民家が全て文化財保護建造物に指定されている。高台から眺めれば、幾重にも連なる入母屋造りの屋根が山の斜面に連なり、整然と調和している様子は、まるで一幅の絵巻きのように美しい。ここは景邁山の中で商業が最も発達した集落で、洗練されたカフェや庶民的な雑貨店が軒を連ねるが、店の大半は地元住民が営んでおり、店舗は集落の昔ながらの暮らしに自然に溶け込み、浮ついた雰囲気も騒がしさも一切感じられない。
夜のとばりが降りると、いろりの周りに温かな明かりがともり、楽しげな話し声が聞こえてくる。伝統的な製茶技法の継承者、ナンカン(南康)さんが「烤茶(焼き茶)」で客をもてなしてくれた。彼はまずヒョウタンを炭火でじっくりとあぶり、淡い香ばしい焦げ香が立ち始めるのを待ち、そこに茶葉を入れて揺らしながら加熱する。茶葉の芳しい香りが十分に引き出されたら、中身を土瓶に移し、熱々のお湯を注ぐ。「ジュッ」という軽やかな音とともに、茶の香りが瞬く間に部屋全体に満ち広がる。この焼き茶の作法は宋代の煎茶に通じる部分がありつつ、山地の暮らしが育んだ独特の市井の風情を宿している。ナンカンさんは茶を注ぎながら、プーラン族と古茶林の深い縁を語った。「『茶』という字を解けば、草と木の間に人がいると書きます。私たちにとって茶は、単なる農作物ではなく、人生を共にする信仰そのものなのです」
多民族が織りなす暮らしのぬくもり
景邁山の茶林と古村落を後にし、多くの民族が共生する普洱の町に飛び込む。普洱市の人口の約61%を占めるのは、古くからこの地に根を下ろしてきた13の少数民族だ。プーラン族とダイ族以外にワ(佤)族、ラフ族、ハニ(哈尼)族など。彼らは山を敬い、水を慈しみ、素朴ながらも血の通った日々の営みを紡いできた。
景邁山からさらに西へ、ワ族の精神的聖地「龍摩爺」を訪ねて西盟ワ族自治県に入る。同県にある熱帯雨林の湖、勐梭龍潭の奥地にその場所はある。ワ族の言葉で「神々が集う場所」を意味する龍摩爺には、3000を超える水牛の頭骨が絶壁や古木に祭られている。こけむし、風化して白くなった頭骨が密林の中で静かにたたずむ光景は、神秘的で見る者を圧倒する。「かつて、ワ族は豊作と平穏を祈るために水牛の頭骨をささげていました」と、地元のワ族の青年・イェンクン(岩昆)さんは教えてくれた。ワ族にとって牛は富と忠誠の象徴であり、万物に霊が宿るというアニミズムのよりどころだ。毎年、ワ族の伝統行事「木鼓節」には、ワ族の人々が集まり、酒と香をささげて森の豊穣を祈っている。

再び景邁山のある瀾滄ラフ族自治県へ戻り、ラフ族の郷へと向かう。山肌に張り付くようにかやぶきの竹楼が並び、軒先には黄金色のトウモロコシと茶葉が干されている。ラフ族にとってヒョウタンは、先祖がそこから誕生したとされる神聖なトーテムだ。その意匠は衣装の刺しゅうや家々の飾り物としてあしらわれ、民族楽器「葫蘆笙」(ヒョウタンで作られた吹奏楽器)を生み出した。
竹楼の前で葫蘆笙を練習していた青年・ザハイ(扎海)さんは、照れくさそうに笑いながら、「ラフ族は生まれながらの歌い上手であり、踊り上手です。お祭り(地元の伝統行事・葫蘆節)の日には、男の人たちが葫蘆笙を吹き、女の人たちがその周りで手を取り合って踊ります。みんな心ゆくまでお酒を飲み、音楽に合わせて歌い、踊り明かします。葫蘆笙を吹くことで、自分自身の心を解き放つことができるんです」と語ってくれた。
瀾滄県からさらに東の墨江ハニ族自治県へ向かうと、山の斜面を埋め尽くす見事な棚田が目に飛び込んでくる。春には水を張った田が空の青を映し、秋には黄金の稲穂が波打つ。山の麓から山頂までなだらかに続くこの景観は、ハニ族が世代を超えて積み上げてきた生存の知恵そのものだ。
クマン(克曼)村の棚田のほとりに住むハニ族のおばあさん・李さんは、収穫の時期になると「五色おこわ」を炊く。これはハニ族の人々が大地を敬い感謝するために、古くから受け継いできた伝統の風習である。早朝、李さんは山へ出掛け、ミツモウカ・スオウ・ムラサキツユクサなどの植物を摘む。それらをよく洗ってから鍋に入れ、山の泉水を加えて弱火でじっくり煮込み、黄・赤・紫・青(ムラサキツユクサは煮る時間の長さによって、青と紫の2色の煮汁を出すことができる)の4色の煮汁をこし取る。そして、きれいにといだ丸もち米を5等分にし、うち四つをそれぞれの色の煮汁に漬け、半日ほど置いて、草木の香りと自然な色彩を米粒にたっぷり染み込ませる。残りの一つは真っ白なまま。全部のもち米を木製の蒸し器に入れ、弱火でゆっくり蒸し上げる。蒸し上がった五色おこわは鮮やかに彩られ、ふかふかでもっちりした食感がたまらない。李さんは優しく笑みを浮かべ、一碗差し出してこう言う。「この五つの色は大自然からの贈り物であり、私たちが大地へささげる感謝の気持ちを表しているんですよ」
山々の恵みが生む郷土の味
少数民族が暮らす地には、必ず独自の食文化が息づいている。普洱の旅は、まさに「美食の旅」。路地裏の名もなき小さな店に、驚くような絶品が隠れていることもしばしば。一日中食べ歩いても飽き足らず、胃袋がいくらあっても足りないほどだ。
普洱の料理には、華美な飾り付けや凝った技法は必要ない。ただ素朴に、大地が育んだ野生の滋味をそのままいただく。その筆頭がダイ族料理だ。食卓のレギュラーは、自家製の発酵タケノコと新鮮な川魚を煮込んだ「酸筍煮魚」。土鍋でじっくり火を通すと、発酵したタケノコの爽やかな酸味と魚の旨味が溶け合い、ご飯が止まらなくなるおいしさだ。「ダイ族の人はみんな自分で自然発酵させたタケノコ、酸筍を作るんですよ。その酸味こそが、肉とも魚とも相性抜群の、料理に命を吹き込む秘訣です」と、ダイ族料理店を営む玉香さんは笑う。

バショウの葉で食材を包み、炭火で焼き上げる「包焼」もダイ族のソウルフードだ。新鮮なバショウの葉に魚肉をのせ、塩少々と唐辛子、レモングラスを加えて包み、しっかり縛る。その後、加熱した炭火に埋めて蒸し焼きにするか、炭火の上につるしてじっくりと焼き上げる。手の込んだ味付けをしなくても葉のすっきりした香りがしっかりと染み込み、表面はほんのり香ばしく焦げ目がつき、中身は柔らかく、食材本来の甘みと旨みが口いっぱいに広がる。
ダイ族風手づかみご飯は風情あふれる宴席の名物料理だ。大きなバショウの葉にもち米を広げ、周囲に酸筍や炒めた牛肉、レモングラスの焼き魚、揚げた豚皮、川ガニを発酵させたカニみそを並べる。好みのおかずをもち米にあえて手でだんご状に丸めて食べると、もち米のさっぱりとした甘さ、酸筍の芳醇な酸味、カニみその塩気と旨みが口の中で調和し、豊かな味わいになる。食事で脂っこさを感じたら、さっぱりしたデザート、青マンゴーの唐辛子塩がらめをぜひどうぞ。シャキシャキした青マンゴーに塩と唐辛子をまぶす食べ方に顔をしかめる人も少なくないが、爽やかな食感と舌に残る甘みは食べればきっと癖になる。
普洱のおいしさは、雄大な山々の恵みによってもたらされる。雨期になると、シロアリタケ・ヤマドリタケ・ハツタケなどが次々と土から顔を出し、肉厚に育つ。地元の人は幼い頃から大人と一緒に山へキノコ採りに行き、採れたキノコはさっと炒めたりスープにしたりする。野生のキノコと鶏肉の煮込みは代表的な家庭料理で、新鮮な地鶏と山のキノコを一緒にじっくり煮込む。澄んだ煮汁は調味料なしでも極上の旨みを持ち、脂の浮いたスープをご飯にかければ心身共に温まる優しい味わいになる。ただし、注意すべきは、多くの野生キノコには猛毒が含まれ、見た目では見分けが難しいため、素人が独断で採取・調理するのは絶対に避けなければならない。

普洱は世界的に名高い茶の都だが、実はコーヒーも茶に劣らぬ名物だ。温暖な気候と肥沃な赤土は、アラビカ種小粒コーヒーの栽培に最適な環境だ。1892年、フランス人宣教師が初めてコーヒーの種を瀾滄県に持ち込んで以来、普洱の人々は「片手にコーヒー、片手に茶」という日常を送るようになった。普洱を訪れる際は、地元の生活リズムに合わせて、茶とコーヒーのコラボを体感してみよう。朝日を浴びながらプーアル茶を入れ、まろやかな茶湯で体を目覚めさせ、昼過ぎには地元産小粒コーヒーを入れ、ナッツとダークチョコレートの芳醇な香りに浸りながら、ゆったりと一服。これこそ本場の普洱スローライフだ。
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