低頭族・月光族
劉徳有=文
「窓際族」「社用族」「原宿族」「クリスタル族」など、「族」言葉が日本で続々生まれていたころ、中国の記者として東京に住んでいたが、「族」言葉は戦後日本の新しい現象で、中国にはそのような言い方は存在していなかった。日本語を学び始めたばかりの中国人が、「東京にナニナニ族、出現」という話を聞き、日本になにか新しい種族でも生まれたのか、と勘違いしたというウソのような笑い話があるほどだ。
ところが、改革開放後の30~40年の間に中国にも日本人顔負けのさまざまな「族」が出現するようになった。日本の通勤族に当たる「上班族」、スターを追っかける「追星族」、出稼ぎのため都心に出てくる「打工族」など、こちらの方も「族」言葉が続々と生まれているが、こうした「族」の中には、奇抜なものもあるから二、三紹介してみたい。
スターに声援を送る「追星族」の女性たち(劉徳有氏提供)
◎月光族
どことなくロマンチックなイメージだが、中国語の「光」には「何もない」「何も残らない」の意味があり、実は月末までに給料を使い果たしてスッカラカンになるような勤め人を指す。月光族はもともと、夜間労働をする人を指していたが、いつの間にか、こちらの方が有名になった。
同様に女性バージョンで「月光公主」という言葉もある。こちらも「月の光のお姫様」を連想させる優雅な言葉だが、実際は金遣いが荒く、毎月、一銭も残らないようなOLの総称なのである。
中国では、一時期ではあるが、伝統的に美徳とされてきた倹約の精神を捨て、マイカーやエステ、ショッピング、グルメに毎月の給料を注ぎ込み、自分の楽しみをとことんエンジョイする「月光公主」が急増したことがある。したがって、「月光公主」はストレートに言えば「スッカラカンOL」、あるいは「買い物依存症OL」とでも意訳できようか。
◎低頭族
日本でいうところの「スマホ族」である。日本はスマートフォンに焦点を当てているが、中国はうつむいてスマートフォンに見入る動作に重きを置いているのが特徴だ。中国のスマホの普及度は高く、誰もが持っていると言えば、言い過ぎだろうが、誰もが持ち歩いているような錯覚に陥るほどだ。統計数字によると、14億の人口のうち、8億人が持っていて、地下鉄、バスや電車の中で、商店や公園で、町の歩行中でさえふんだんに見掛けるほど、今では生活の中で欠かすことのできない「現代の利器」となっている。
改革開放後、中国では、毎年のように「流行語」や「新語」が増えているが、その中に、さまざまな現代日本語が流通しているのは、やはりお隣同士で、頻繁に行き来しているからだろうか。例えば、以下のようなものがある。
◎黄金週
見ての通りゴールデンウイークの意。ちなみにゴールデンアワーは中国語で「黄金時段」と訳され、こちらも中国語としてすっかり根付いている。
ゴールデンウイークは、1950年代の日本映画界で生まれた「和製英語」である。正月やお盆よりも、5月の連休期間中に客を呼び込みたいという期待を込めて命名されたものであり、当然、日本とは祝日が違う中国には存在しない言葉であった。
筆者は1964年から新聞記者として日本に常駐するようになり、記事を本国に送る際に、この「ゴールデンウイーク」をどう訳したらいいか、という問題に直面することになった。いろいろ思案したあげく、ひねり出したのが「黄金週」である。
もちろん、当時の中国では全く耳慣れない言葉であり、当時、1週間も続く連休は中国人から見ればぜいたくなことでもあった。
しかし、改革開放後は中国にも大型連休が設けられるようになり、いまでは、年に2回も大型連休をエンジョイできるようになった(国慶節、春節〈旧正月〉の2回で、休日の振替日を入れて1週間ずつ休みを取っている)。そのため、「黄金週」という言葉も国民になじみ深いものになった。聞くところによれば、最初日本でも「黄金週間」と言われていたが、インパクトに欠けることから、ゴールデンウイークに改められたという。それとは知らずに、50年ほど前に訳した「黄金週」が、いまでは中国で定着したことになる。
◎写真
北京の街を歩いていると、「写真」と書いた看板をよく見掛ける。この「写真」は日本でいう写真と違い、事物の正確なコピーや描写、肖像画を意味する。日本の写真の意味で使われる場合、時にはキワドイものもあり、下手に漢字の筆談などをすると誤解を受ける恐れがなきにしもあらずだから要注意だ。なお、日本語の「写真」に相当する中国語は「照相」という。
◎蒸発、その他
もちろん、マイナスイメージの強い日本語も中国語に取り入れられている。例えば、「公害」「不良債権」などで、不良債権は中国語で「死賬」「呆賬」とも言うが、今は併用して使われている。
最近、中国の新聞に、ある酒造会社の責任者が借金返済不能のため雲隠れしたニュースが載っていたが、そのタイトルは「会長はなぜ『人間蒸発』したのか?」だった。中国語の「蒸発」にはもともとこのような意味はなく、明らかに、日本の影響を受けたものと考えられる。本来、中国語の「蒸発」は液体の蒸発にのみ使われていた。
食べものにも新語がある。
◎烏冬麺
字面からはウドンのイメージが全然湧かないのが「烏冬麺」である。少し前のことだが、スーパーから戻ってきた老妻が、
「『烏冬麺』」という食べ物があったけど、あれ何かしら?」と、さも大発見をしたように興奮気味に質問してきたので、
「キミもよく食べている日本の『うどん』のことだよ」と答えると、
「あら、そうだったの?」といかにもガッカリした表情になった。漢字の「烏冬」から、どんな食材なのか興味津々だったのに、食べ慣れたうどんだと分かって落胆したらしい。こうなると漢字の当て字というのも罪なものである。