鳥たちの寓話

2024-09-13 10:38:00

中国社会科学院日本研究所助理研究員 熊淑娥=文 

金瓮河(きんじゅくが)は冷たい雪の帯を完全に脱ぎ去り、そのしなやかな肢体をゆうゆうと延ばしている。木々は次第に緑を増し、ツツジが咲いて、若草は日々色を増している」 

金瓮河は、作家遅子建の『候鳥的勇敢』(人民文学出版社、2018年)に登場する渡り鳥が繁殖を行う場所で、物語は河畔にある渡り鳥自然管理保護所、対岸の松雪庵、中国東北部の架空の小都市瓦城を中心に展開する。主人公は暖かさが戻り南方から帰ってきた渡り鳥の群れとケガで保護所に取り残された2羽のコウノトリ、そして瓦城に残る人々と「渡り鳥族」だ。「渡り鳥族」とは瓦城の金持ちのことで、冬は南で過ごして暑くなると瓦城に戻る、渡り鳥のような生活をしている。北に帰ってきた渡り鳥が南下するまでが描かれた本作は、2羽のコウノトリの埋葬シーンで唐突に終わる。 

『候鳥的勇敢』は、『額爾古納河右岸』(日本語版『アルグン川の右岸』竹内良雄訳、白水社、2014年)『郡山之嶺』に続く、人間と自然の関係を描いた遅子建の代表作だ。この9万字の中編小説は、2020年の第6回郁達夫小説賞を受賞。遅子建はそれ以前にも長編『アルグン川の右岸』で中国で最も権威のある茅盾文学賞を、短編『霧月牛欄』『清水洗塵』『世界上所有的夜』で魯迅文学賞三冠に輝き、随筆『光芒于低頭的一瞬』では冰心散文賞を受賞している。作品は英語、フランス語、日本語、イタリア語、韓国語、オランダ語、スウェーデン語、アラビア語、タイ語、ポーランド語などに翻訳され、現代中国で最も影響力のある作家の一人とされている。 

本作には金瓮河の雪解けから氷に閉ざされるまでの様子で、東北の大自然の1年が見事に描かれている。氷が溶けて川にせせらぎが戻ると、マガモ、アマツバメ、コウノトリなどの渡り鳥が次々と保護区に飛来し、保護所長の周鉄牙と「鳥マニア」の張黒臉が瓦城から帰ってきて、人と自然をつなぐ懸け橋の保護所は再稼働を始める。 

所員の張黒臉は、金瓮河、瓦城、松雪庵を結ぶキーパーソンだ。以前森林消防隊員だった彼は、山火事の消火活動中に仲間とはぐれて虎に出会い、恐怖のあまり気絶してしまうが、不思議なコウノトリに助けられて難を逃れた。その事件がきっかけで精神に異常をきたしてしまうが、渡り鳥とは一層親しい仲となる。本作は保護所長でありながら野鳥を違法販売する周と張とのやりとりから、瓦城の腐敗した役人の姿が浮き彫りにされるが、張と娘の生活の描写では、ロバのギョーザや水道代の支払い拒否などの、東北部に暮らす庶民の生活を垣間見ることができる。さらに松雪庵の尼僧徳秀を通じて俗世と仏門との関係を描くことで、現代人の「心の迷走」をあらわにしている。 

「瓦城はもともと穏やかな流れの大河だが、秋の終わりから冬の初めにかけては突然半分が清流、半分が濁流となるか、あるいは半分が明るく半分が暗い流れとなる。すると『渡り鳥族』は南へと避寒し、瓦城に居残るものは、容赦ない冷気と吹雪に鞭打たれることとなる」 

自然における渡り鳥の移動は、人間社会の「渡り鳥族」と同期している。権力と金を持つ者は渡り鳥のように春の暖かさを享受し、権力も金もない者は、カラスと共に居残って厳冬をやり過ごすしかすべがない。「渡り鳥族」は金持ちか身分が高い人たちで、居残るのはジリ貧かドカ貧だ。自然界の渡り鳥は、川、氷雪、森、寺院、動物と、東北部の小さな町の世界を結び付けるものだが、留鳥と渡り鳥の寓話は、瓦城に住む庶民と役人、貧民と富豪、純朴な者と狡猾な者といったさまざまな横顔をあぶり出している。 

東北部の広大な天地、自然、人間、魚、虫、鳥獣を愛し、描写に長ける遅子建の作品の中でも、『霧月牛欄』『一匹馬両個人』『臘月宰猪』『原野上的羊群』『酒鬼的魚鷹』『白雪烏鴉』など、いずれの作品にも動物が登場する。 

「その白い羽は雪のようであり、黒い羽は華美な紫と緑をかすかにたたえているが、一番目を引くのは、満開の赤百合のように色鮮やかな足だ」――色彩豊かなコウノトリの姿かたちが、遅子建の綿密な観察眼によって鮮明に示されたくだりだ。 

遅子建という名前は、『洛神賦』の作者である魏の曹植の(あざな)「子建」にちなんだという。彼女の筆にかかると万物に魂が宿り、山川から太陽、月星に至るまでが個性を放つ。作品『一匹馬両個人』では、「そよ風はあたかも太極拳のようにゆるやかにたゆたい、そのこぶしや足が着地する先々で、異なる波動をもたらす。例えば草に落ちる風は草の腰を折り、黄色い花に落ちる風は香りのしずくをかすめ取って、気が向くままに通りがかりの鳥や蝶に与える」「朝霞披袈裟,溪流送禅杖(朝日は寺院に袈裟(けさ)をまとわせ、渓流は僧侶に禅杖(ぜんじょう)を送る)」とは、本作に登場する松雪庵の山門に掲げられた対句で、わずか10文字の中に一種自然で素朴な雰囲気が十分に描かれている。それはまさに「自然への限りない愛が無数のセンチメントや空想を育み、それが私の芸術の世界を支えてきた」という遅子建の思いそのものだ。 

遅子建の作品にとって、雪は大切なモチーフだ。10月から翌年の4月という、一年の半分が雪に覆われる中国最北の地、黒龍江省漠河市の北極村で生まれ育った彼女は、俗に「猫冬」(家に引きこもって滅多に外出しないこと)と呼ばれる冬を過ごしてきた。「猫冬」は人をとりわけ静かに、想像力を旺盛にさせるから、主要作品のほとんどは、「猫冬」の間につくられている。短編の『北国一片蒼茫』『白雪的墓園』や、中編の『北極村童話』『塔里亜風雪夜』など、遅子建作品のタイトルには雪の足音を感じさせるものが少なくない。 

幼少期の遅子建は、「山に行って薪を運び、野原で果物やキノコを採り、大自然の息吹に出会うのと同じくらい、死も常にそこにあった」という環境で育った。2019年にはドキュメンタリー番組『文学的故郷』の撮影クルーと共に故郷に戻り、森を縫う馬(ぞり)に乗るシーンを撮影した際、妊娠中の雌馬がそりを引いていたのを知って以下のように記した。「私たちがいわゆる壮大なものを賞賛するとき、一方では必ず見えない存在が呻吟(しんぎん)している。哀れむべき生命が現れたとき、それは奥深くに隠れているため、俗世の目はそれに気づかない。しかしそれは間違いなく、私たちへの警鐘なのだ」 

『候鳥的勇敢』のエピローグは、コウノトリがたそがれ時に金瓮河から飛び立つシーンだ。その中には、ケガをして飛べなくなったパートナーのために、子どもたちの旅立ちを見届けてから、一生を添い遂げるため金瓮河へと戻ってきたコウノトリがいた。吹きすさぶ吹雪から逃れるすべもなく、自然の中で共に生き、共に死んでいったつがいを埋葬した張黒臉と徳秀も、深雪の中で帰路を見失ってしまう。雪が去り春が来て生死が入れ替わる、という結末は、荒涼とした人生を知る遅子建自身の思いが込められているが、同時に、悲劇と荒涼の中でも人は優しさと暖かさを決して失わない、ということも示唆している。 

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