椋野貴司 eコマース強化の百年企業

2020-10-21 15:29:20

王衆一=聞き手

 

椋野貴司 (むくの  たかし)

旭化成中国総代表、旭化成(中国)投資有限公司董事長、総経理

1981年東京大学経済学部卒、旭化成工業(現旭化成)入社。2001年旭フォトプロダクツ・ヨーロッパ社長。08年旭化成アメリカ社長。17年から現職。旭化成(中国)投資有限公司董事長、総経理、旭化成上席執行役員、中国総代表。

写真・王浩/人民中国

 

旭化成の名誉フェロー・吉野彰氏(72)は、リチウムイオン2次電池の発明に極めて大きな貢献を果たし、昨年、ノーベル化学賞を受賞した。それにより、旭化成の社名は中国のインターネット上でたちまち検索トレンドになった。

中国のスーパーで売られ、匂いを通さず、食材の鮮度を保つと一般家庭でも評価の高い食品用ラップフィルム「旭包鮮(サランラップ)」。このメーカーこそ、世界トップクラスの開発技術を持つ旭化成であると、中国の消費者も知ることになった。

2年後の2022年、旭化成は創業100周年を迎える。中国ではこの数年、毎日無数の企業が新たに生まれている。企業の総数で見れば、日本の何倍にも及ぶ。しかし、創業100年という企業は中国では確かに少ない。何十年も変わらず製品や技術の研究開発を続けている企業は、中国企業が学ぶべき模範だ。同社の中国総代表である椋野貴司氏に話を聞いた。

 

――新型コロナウイルス感染症の世界的なまん延で、在宅勤務が仕事の主流になりました。1日3食、夫婦が共にキッチンで料理を作ることがますます広まっています。旭化成の食品用ラップは中国の多くのスーパーで買えますね。

 

椋野貴司 今年、私たちの食品用ラップの売り上げは確かに目覚ましいものがありました。それは、感染症の拡大後、在宅勤務やオンライン教育などの新しいスタイルにより、市民生活に極めて大きな変化が起きたことが理由です。また、中国の消費者はネットでの商品購入をいっそう望むようになっています。eコマース(電子商取引)により、消費財は実店舗で購入するというこれまでのモデルが打破され、売り上げは急速に増えました。私たちは近年、eコマースやライブコマース(ネットの生放送を通じての商品販売)など新しいビジネスモデルの開拓を強化しており、この分野で大きく進展しています。

 

――他国と比べ、中国の感染症コントロールの効果が優れていることは衆目の一致するところです。感染症を比較的うまくコントロールした後も、オンラインでの教育や医療、デリバリーサービス、eコマースなど、感染症の拡大期にはやった生活スタイルが残っています。

 

椋野 それも中国の大きな特徴です。衛生や健康の分野で中国の消費者の意識が非常に高まり、人々が「安心」と「安全」をいっそう重視していることに気付きました。

オンライン方式の普及により、タブレット端末やスマートフォン(スマホ)などの製品に対する大きなニーズが生じました。私たちは、それらの製品に部品を提供する生産企業でもあります。今年の上半期、世界各国で電子機器関連の製品のニーズが非常に高まり、旭化成の関連製品の売り上げも堅調でした。

中国はモバイル端末製品だけでなく、新型インフラ整備政策の実施と第5世代移動通信システム(5G)などの技術の推進に伴い、エレクトロニクス関連素材でも新たな発展の余地を生み出しました。この分野における旭化成の売り上げも堅調に推移しています。

 

――数年前、旭化成のフィルター生産工場を訪問するため、日本を訪れました。旭化成は、食品用ラップやエレクトロニクス関連素材のほかにさまざまな分野のフィルターもあり、製品は非常に豊富です。中国の消費者にはどのように旭化成を紹介しますか?

 

椋野 フィルターの用途は非常に幅広く、例えば人工腎臓やウイルス除去のフィルターがあります。この分野では非常に高い市場占有率を占めています。加えて、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬製造時に必要とされるウイルス除去フィルター用途でも、世の中に貢献できると期待しています。中国は今年、医療・健康分野に対する投資を増やしています。今後、この分野で私たちの製品は、より大きな市場を開拓できるでしょう。

現在、中国では健康、特にウイルス除去や殺菌に対して極めて大きなニーズがあるので、私たちはこうした分野、特に殺菌効果の極めて強い深紫外LED(UVC―LED)製品の中国での販売を強化しています。

100年近い歴史を持つ旭化成の製品は非常に豊富です。中国の取引先に会社を紹介するとき、私たちは、世界の人びとの「いのち」と「くらし」に貢献するという理念の実現に力を注ぎ、マテリアル・住宅・ヘルスケアの三つの分野を事業の柱として多くの業務を展開している――と強調します。また、中国で企業約20社、計2000人余りの従業員を抱えているとも強調します。

私たちの事業は中国の経済成長とともに絶えず拡大してきました。マテリアル分野では現在、主に繊維、プラスチック、エレクトロニクス関連素材、塗料原料、水処理膜などがあります。ヘルスケア分野では、私たちの人工腎臓はすでに中国の現地法人によって生産、販売されています。消費者向けには、先ほどの「旭包鮮」などの製品があります。

 

「旭化成2019年選抜課長層新リーダーシッププログラム」の発表会に参加した椋野総代表(1列目左から4人目)(写真提供・旭化成〈中国〉投資有限公司)

 

――今後、中国で開拓できる市場は依然として広いですね。

 

椋野 私はかつて欧州や米国で仕事をし、2017年に中国に来ました。中国市場は変化が最も速く、開拓できる余地はもっと広いと感じています。中国市場を知り、それに適応し、さらに開拓するには、現地のマネジメントにより合った体制を確立する必要があります。私たちは現地化を加速し、さらに多くの現地従業員を経営層に入れてゆき、将来的には中国現地人材による経営・意思決定の体制を目指します。こうすることによってのみ、旭化成の多くの製品や技術が中国でより大きな飛躍を勝ち取れると確信しています。

 

編集長のつぶやき

吉野彰氏には以前から注目しており、旭化成は基盤技術と製品開発の情熱を備えた総合化学メーカーだとよく知っていた。新型コロナのまん延で世界経済が低迷する逆境の中、食品用ラップであれ、医療用フィルターであれ、各種のエレクトロニクス関連素材であれ、旭化成が中国で売り上げ増を実現したことは、この企業が持つ多彩な技術と製品が、中国や世界の市場ニーズを満たしていることと大いに関係がある。 
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