小澤秀樹 困難を打破する、変わらぬ赤い情熱
王衆一=聞き手
小澤秀樹 (おざわ ひでき)
キヤノン株式会社副社長執行役員、キヤノンアジアマーケティンググループ社長
キヤノン(中国)有限公司社長兼CEO
慶応大学法学部卒業、1973年キヤノン入社。米国やシンガポール、香港の勤務を経て2005年キヤノン(中国)有限公司社長兼CEO。17年からキヤノン副社長執行役員。
国慶節の前日に会った時、小澤氏は赤いネクタイ姿で現れた。中国では、春節(旧正月)などの祝日には赤色を使って活気や喜びを表す。しかし、小澤氏の「赤」は、中国での意味を取り入れただけでなく、強烈な情熱をも秘めていた。キヤノンの言葉を借りれば、それは「赤い情熱」だ。
今年の世の中は、過去のいかなる時期よりも情熱を必要としている。年初に中国で新型コロナウイルスの感染症が急拡大したとき、情熱でウイルスと粘り強く闘う必要があった。後に、それは世界中が必要なものとなった。
キヤノン5大マーケティンググループの一つであるアジアマーケティンググループは、中国や韓国、シンガポール、タイ、マレーシア、フィリピン、インド、ベトナムなどにある13のグループ会社、従業員約5500人を擁する。同グループを束ねる小澤氏は次のように述べた――このグループは新型コロナと闘うだけでなく、この時代に即した新ビジネスも生み出した。感染拡大が依然として続いている中、国際社会は防疫・衛生面の強化に努める以外に、ウイルスに打ち勝つ「赤い情熱」がより必要だ。
――新型コロナは多くの地域で防ぎ切れず、世界中で気持ちが落ち込んでいます。キヤノンの状況はいかがでしょうか?
小澤秀樹 キヤノン中国は、17の拠点と約1500人の従業員で構成されていますが、武漢支店を含め一人も感染者を出していません。日本で春節休みを過ごした日本人出向者も、春節が終わると全員が中国に戻り、会社にいつも通り出勤しました。中国人の従業員で家庭の事情により在宅勤務をする者もいましたが、2月でも半数以上の従業員が出社していました。また、保守・修理業務は、感染拡大期間も休まず、窓口を開けていました。その他、キヤノンは武漢に医療機器を寄贈し、運送トラックを手配して速やかに運びました。
突発的な感染症の拡大は、対処が非常に難しいものです。キヤノン中国では、全従業員にマスクを配布したり、職場を毎日消毒したりしました。さらに、時差出勤により出退勤時の混雑緩和を行い、会議は人数を絞って一定距離を保って座るなど、さまざまな対策を実施して感染防止に努めました。
ただ、これだけでは足りません。ウイルスに打ち勝つには、従業員を励ますことが特に重要であると考えています。中国での感染拡大期間中、インドやタイなどにあるグループ会社が、「加油(頑張れ)」のメッセージビデオをキヤノン中国に送ってくれました。その後、中国以外で感染拡大が深刻になると、今度はキヤノン中国から各社にメッセージビデオを送り、お互いに励まし合いました。これによってアジア全体で大いに士気が高まり、その結果ビジネスも順調に回復しています。
――キヤノンのオフィスは他の企業と大きく異なり、全ての人が笑顔で和やかに楽しんでいるように感じます。
小澤 私はキヤノンに入社して日本で働いた後、米国で長く仕事をしました。そして、シンガポール勤務を経て中国に赴任し、海外駐在は合計40年になります。長い駐在生活で感じたのは、米国と比べ、日本や中国の従業員は、歯を見せた笑いで愉快な気持ちを表現するのがとても少ないことです。
情熱と楽しい気持ちを積極的に高めずに、どうしたら仕事をうまく進められるのでしょうか。特に新型コロナウイルスの感染拡大によって、今は気分が滅入りやすくなっています。
キヤノン中国は感染拡大期間中、笑顔を見せないとコピーできないというプリンター向けの機能を開発しました。眉間にしわを寄せていれば、機器は動きません。気分が落ち込んでいても、笑顔を出さないとコピーできません。この機能はお客さまに大変歓迎されました。
また、キヤノン中国にある顔認証を使った入退室管理システムは、ドアを開けるのに笑顔を見せる必要があります。沈んだような表情の人は入れません(笑い)。この機能も従業員に大歓迎でした。
それに、赤いネクタイを結ぶと、楽しい気持ちになります。職場も「赤い情熱」によって従業員は快活で向上する気持ちを保っています。感染症克服には、ただマスクや消毒液を配り、時差出勤方式を採用するだけでは全く足りません。従業員の気持ちや職場の雰囲気に対する配慮が欠かせません。
新型コロナウイルス感染症の流行期間中、キヤノン中国では毎週金曜日、社員が色とりどりのマスクを付ける「カラフル・フライデー」活動を展開した(写真提供・キヤノン(中国)有限公司)
――ここ数年、スマートフォン(スマホ)による写真撮影はカメラ市場に非常に大きな衝撃を与えました。感染症の発生後、人々の生活様式には大きな変化が起きましたが、カメラ販売への影響はより大きかったのではありませんか。
小澤 スマホによる撮影は、各カメラメーカーにとても大きな影響を与えました。特にコンパクトカメラの販売への影響は非常に大きいものがあります。一眼レフカメラやミラーレスカメラの販売にも多少の影響はありますが、これらは中高年の方にユーザーが多く、われわれは特にシニア層に注目しています。中国の大きな特徴として、多くの定年退職者が風景やお孫さんなどを撮影する際に相変わらずカメラを使っていることが挙げられます。中国の60歳以上の人口は日本の総人口の2倍に当たる2億5000万人に上るため、カメラのニーズが非常に大きいと考えています。
――先ほどお話がありましたが、中国が感染拡大する新型コロナに立ち向かっていた頃、武漢に医療機器を寄贈した話を詳しくお聞かせください。
小澤 年初に武漢で感染拡大の情報が伝わってきたとき、私たちは1月30日に、全身用エックス線コンピューター断層撮影(CT)診断装置を武漢に寄贈し、新型コロナの最前線の臨床診断で使ってもらおうと緊急決定しました。
また、キヤノン中国のメディカル事業を今年の5月1日、7月1日に中国にあるキヤノングループ2社に移管することで、中国におけるメディカル事業の発展と拡大の布石を打ちました。これにより、新型コロナウイルスなどの感染症対策に対してより迅速に対応でき、中国経済の発展の一助になれると確信しています。
総編集長のつぶやき
取材時に、小澤氏は03年に香港で重症急性呼吸器症候群(SARS)と闘った経験に触れた。キヤノンは当時、香港の街頭に「頑張れ香港」と書いた広告を出し、自社製品の売り上げに応じた寄付金を香港特別行政区政府に贈った。それから17年。小澤氏は北京で陣頭指揮を執り、アジア全体のビジネスの責任を負っている。感染症に立ち向かう姿勢は、過去も今もいささかも変わりはない。