尹炳新 プリンターの新たなニーズつかむ
王衆一=聞き手
尹炳新(Yin Bingxin)
ブラザー(中国)商業有限公司董事長兼総経理。
1992年にブラザーグループ本社に入社。2018年からブラザー(中国)商業有限公司董事長兼総経理を務める。
今年の「両会」(全国人民代表大会と中国人民政治協商会議)は昨年と違い、例年通り3月上旬に北京で開催された。新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中、中国は感染を食い止め、昨年の国内総生産(GDP)は2・3%の成長を実現した。また、今年はGDPの成長率6%以上を目標に掲げ、中国経済が引き続き速い成長を維持していくことが見込まれる。
新型コロナウイルスの感染拡大は、中国人の消費スタイルを変え、市場の在り方を変えた。ブラザーグループは、プリンター、ラベルプリンター、ミシンなど、国民の生活や仕事と密接に関わる商品を生産している。経済が成長し、市場が大きく変化する中で、ブラザーグループはどのようにしてこれらの変化に対応していくのだろうか? ブラザー(中国)商業有限公司董事長兼総経理の尹炳新氏に話を聞いた。
――昨年から在宅勤務やオンライン教育がニューノーマルになりつつあります。新型コロナの感染拡大が収束してからも、このような新しい仕事や教育スタイルは続いていくでしょう。こうした市場の変化は、プリンター市場にも大きな影響を与えていますね。
尹炳新 昨年初めの新型コロナの感染拡大によって、リモートワークやオンライン教育が増え、市場のニーズが急増しています。
プリンターに対するニーズは従来、企業のオフィスなどに集中しており、個人のニーズは少なかったです。しかし、リモートワークやオンライン授業のニーズが増えるにつれ、書類や資料を自宅で印刷する必要性が出てきました。ご存知の通り、昨年の新型コロナの影響でオンライン教育がニューノーマルとなり、学習資料を生徒に配ることができなくなったため、教員は授業の前にウイーチャットやQQなどのチャットアプリを使って資料のデータをクラスのグループチャットにアップし、自宅で印刷してもらっていました。子どもの教育を重視する保護者たちは、子どもの学習に支障をきたさないようにと、相次いでプリンターを購入しました。オンライン授業が始まった当初、プリンターが必需品となり、売り切れの状態が続いていました。多くの販売者が在庫を空にしただけでなく、販売価格も上昇し、プリンター業界は好況の至りでした。
――良質な製品だけでなく、行き届いたサービスも必要になってきますね。
尹 そうです。まず、市場の動向の変化を追い、2019年10月にはお客様の新しいニーズに対応したコールセンターシステムのアップグレードを検討し、昨年1月にはチャットボットを導入することで、デジタル化によりユーザーニーズに対応しました。これまで人間が対応していたお客様からの質問は、主要なプリンター機種の問題の解決方法を動画や説明書、Q&Aなどの形に整理しました。また、チャットボットをより賢くするために、質問をカテゴリ別にセマンティック分析を行いました。新型コロナの感染拡大時に、このシステムが大いに役に立ちました。24時間対応のチャットボットがスタッフに代わり機能し、スタッフが通常通り出勤できない感染拡大の初期段階でも、コールセンターのサービスを早期に再開できました。
昨年3月になると、チャットボットによる問題解決の成功率は60%以上に達していました。現在では、ごく一部の人力対応が必要なお問い合わせ以外はチャットボットで解決することができ、コールセンターの効率が大幅に改善されました。次に検討しているのは、チャットボットの自己学習機能の強化です。
製品面では、オンライン教育や家庭での印刷のニーズに対応するため、ブラザーオリジナルのプリントアプリ(iPrint&Scan)に加え、中国の市場向けにウイーチャットに組み込んだアプレットでのサービスを始め、アプリをダウンロードしなくてもウイーチャットを通して印刷できるようになりました。
また、多くの教育ソフト会社と連携し、人工知能(AI)による答案の採点と、間違った問題を集中的に克服できる復習システムが提供できるようになりました。具体的には、教員が既存の問題集をもとに作成したテスト用紙を、アプリを介して生徒に送信し、生徒がテスト用紙を印刷して問題に解答します。そしてブラザーのオールインワンマシンを通じて答案をワンクリックでクラウドにアップロードします。そこでAIによる採点が行われ、生徒一人一人の学習問題がどこにあるのかを自動で分析し、それぞれの弱点にターゲットを絞った指導内容と練習問題を保護者に送信するというものです。こうして学習における課題を解決することで、ソフトウエアとサービスがハードウエアに新たな生命力を与えるのです。
――ブラザーグループは、プリンターだけでなく、ラベル市場にも進出していますね。
尹 中国の製造業は外国に比べて新型コロナの影響が小さく、ほとんどのメーカーが生産を維持してきました。同時に、新たな管理スタイルが求められ、中国市場でのラベルプリンターの需要拡大をもたらしました。ラベルプリンター事業に関しては、従来からの強みである電力・通信、官公庁、製造業業務を一層強化させると同時に、物流・運輸業、小売業、政府系医療などの新たな市場の開拓にも着手しています。飲食業のデリバリーサービスの分野では、スターバックスや喜茶(HEYTEA)などのお客様からのラベルの需要に対応し、業界のお客様対応におけるブラザー(中国)の迅速な問題解決力が発揮されました。
がん患者への寄付を募り、より多くの人々に健康に関心を持ってもらうため、ブラザー(中国)は「More Than Aware」というチャリティーマラソンに参加している(写真提供・ブラザー〈中国〉)
――新型コロナ収束後の市場の回復と発展は確実ですが、多くの変化と不確実性もあるのではないでしょうか。
尹 今年の景気回復は必然です。ここで水運の数字を例に挙げたいと思います。今現在、輸出入に使うコンテナの予約が非常に難しくなっています。以前はごく一部でしたが、現在はアジアと関連する航路であれば、遠海だけでなく、近海も価格の上昇が著しいです。上海のポートを含むいくつかの主要な国内のポートとシンガポールなどの近隣諸国のポートで相次いでスペースオーバーが起きています。これら全てが、経済が回復し需要が伸びていることを裏付けています。
プリンターに関しては、IDC(インターネットデータセンター)の調査によると、現在中国では、1億1400万世帯でプリンターに対する需要がありますが、プリンターを所有している世帯は490万と5%に満たないです。中国全体のプリンターの市場規模が2019年時点で1500万台前後(インクジェット、レーザーを含む)であることからして、今後は家庭用プリンター市場が中国のプリンター市場の屋台骨となることは間違いないでしょう。
私たちは市場の変化に対応するため、「取引先と共に成長する」というスローガンを掲げ、ブラザーイノベーション研究院を設立し、激しいビジネスの競争で勝ち抜けるよう日々努力を重ねています。
編集長のつぶやき
プリンターやラベルプリンターに注目すれば、在宅勤務やオンライン教育が従来の仕事、学習スタイルを大きく変え、関連製品にも大きな発展のチャンスを与えていることが分かってくる。