「人口問題」から見えるもの
木村知義=文
今月号では中国の「人口問題」に目を向けて考えます。
今年春、国連人口基金が「世界人口の現状報告」で、インドが中国を抜いて世界一の人口大国になるという予測を発表しました。すると、日本の多くのメディアは「中国の衰退」をしく伝えました。たとえば「人口ボーナスが消えて中国経済衰退へ」にはじまり「『老いる中国のリアル』人口1位から転落へ」など、人口減少によって中国がいかに厳しい時代に入るかを語りました。こうしたメディアの報道になんとも言えない違和感を抱く一方で、中国の人口問題への取り組みに関心をかき立てられたのでした。
「人口動態予測は外れない」
ところで、「経済予測は外れることも多いが、人口動態予測は外れることがない」と言われます。当然と言えばそうです。その時々の人口構成は「国勢調査」で把握できるわけですから、出生率の傾向と合わせて考えていけば10年後、20年後さらに50年後でも、よほどの「天変地異」でもないかぎり予測可能というわけです。つまり、中国の人口減少を喧しくり立てるメディアへの「違和感」というのは、世界は、さらに言えば、なによりも中国自身が、何年も前から知っていたことですから、驚くことでもなければ、ましてや「転落」などという言説で伝えることではないということなのです。
そこで、中国自身が人口問題についてどんな考えを持っているのか、またどのような取り組みを進めているのかが知りたくなります。
「人民網(日本語版)」はじめ筆者の接する中国のメディアでは随時「人口問題」について伝えています。そんな中、中国中央財経委員会主任を務める習近平総書記が主宰する第20期中央財経委員会第1回会議で、習氏が「重要演説」を行い、人口問題、高齢化問題について「人口の推移は中華民族の偉大な復興に関わる大事で、人口の全体的資質向上に力を入れ、人口の質の高い推移によって中国式近代化を支えなければならない」と強調したと伝えられました(5月5日新華社=中国通信)。
「人口問題」をどう考えているか
日本のメディアでは中国の人口問題への取り組みについて伝えられることはほとんどないので、この「演説」は、私たちの認識を深める手掛かりとしてとても重要だと感じます。そこで、少し詳しく引いておくことにします。
「現在、わが国の人口の推移をみると、少子化、高齢化、地域による増減二極分化といった、すう勢的特徴がある。わが国の人口の推移に見られる新たな情勢を全面的に認識し、正しく向き合わなければならない。強国建設、民族復興の戦略的手配を見据え、新時代の人口戦略を整え、人口推移の新常態を認識し、対応し、誘導し、人口の全体的資質向上に力を入れ、適度な出生水準と人口規模の維持に努力し、資質が優れ、総量に余裕があり、構成が最適で、分布が合理的な近代的人的資源の構築を急ぎ、人口の質の高い推移で中国式現代化を支えなければならない。システム的考え方で人口問題を一体的に捉えて考え、改革・刷新によって人口の質の高い推移を促し、人口の質の高い推移と人民の質的に高い生活を緊密に結びつけ、人の全面的発展と全人民共同富裕を促進しなければならない」
と、まず現状と目指すべき目標について述べた後、何をどう取り組むのか、施策、政策についての指針が詳細に語られています。
「教育・衛生事業の改革・刷新を深め、教育強国建設を人口の質の高い推移のための戦略的取り組みとし、人口の科学・文化資質、健康資質、思想・道徳資質を全面的に高めなければならない。出産支援政策体系を確立、整備し、広く恩恵をもたらす託児サービスシステムを大いに発展させ、家庭の出産、育児、教育の負担を大きく軽減し、出産・育児に優しい社会を築き、人口の長期的にバランスのとれた推移を図らなければならない。人的資源の開発・利用に力を入れ、労働力率を安定させ、人的資源の利用効率を高めなければならない。人口高齢化に積極的に対応する国家戦略を実施し、基本的高齢者介護システムの整備を進め、高齢者のニーズに対応するシルバー経済を発展させ、重層的で複数の柱のある年金保険システムを発展させ、高齢者が介護を受けられ、高齢者にすることがあり、楽しみがあるようにしなければならない。人口と経済・社会、自然環境の関係を一段と一体化して捉え、地域経済配置と国土空間体系を最適化し、人口構成を最適化し、人口の安全を維持し、人口の質の高い推移を促進しなければならない」
湖北省武漢市の産後ケアセンター。ここ数年の中国の出生率は下降気味ではあるが、乳幼児関連の産業は堅調な伸びを示している(東方IC)
中国で何が動き始めているのか
実に凝縮した内容が語られています。とりわけ、「人口の質の高い推移」が重要なキーワードとなっていることに気付きます。外国に住む私たちにとってはなかなか分からないのですが、ここで述べられた一つ一つについて研究が重ねられ、諸施策の実行に踏み出していることが「演説」からうかがえます。中国において「言葉」として語られることは、研究、考察をはじめ、すでに「動いている」ことであり、さまざまに試行錯誤が重ねられていることなのです。
また、科学技術にとどまらず社会政策、諸制度、文化、思想など社会総体を包み込む広い分野での「革新」=イノベーションのテンポと深さ、さらに政策立案から実行に踏み出す「中国流」に気付かないと、「動く中国」の姿が見えてこないというわけです。
こうした筆者なりの推察は、外国メディアの報道からもうかがえます。
米国CNNは「中国南西部の四川省で2月以降、結婚していないカップルの間に生まれた子どもの出生登録が認められるようになる。省当局が少子化対策の一環として、婚外子への制限撤廃を決めた」と伝えました。「同省の保健当局者は地元メディアのインタビューで、シングルマザーの権利を守ることが目的だと述べ、未婚のカップルが親になることを推奨するわけではないと強調した。当局は、長期的にバランスの取れた人口開発を推進するための政策だと説明している」というのです(1月31日)。
その後、ロイターはこの件に触れて「以前は結婚したカップルにだけ付与されていた出産休暇や児童手当の受給資格が、結婚していない女性にも認められた」と伝えました(5月7日)。
これはほんの一例です。中国には、まず地域で試行してみて、そこから教訓や課題を析出し、施策、政策を磨き上げて、先進事例を全国化するという「中国流」の政策手法があり、公式に語られる以前に、つまり、外国の私たちにはまだ見えていない段階で、実に多様、多彩な取り組みが進んでいることが十分に考えられるのです。
もちろん、筆者の推測にすぎないと言えばそうなのですが、若者世代の結婚観や出産を巡る意識、家族観にはじまり、中国の社会総体にわたってイノベーションしていく胎動が着々と進んでいると感じます。
中国の人口問題を考えることから始まった考察ですが、ここでも、視界を広く、深くして中国を見なければという思いを、また、強くするのでした。