日中の防災協力発展のために
木村知義=文
濁流が街を襲い、浮かんだ車が流されていく……。
テレビが伝える中国の豪雨災害の映像に、なんとも言えない既視感に襲われました。中国でも日本とまるで同じことが起きているのだと、ハッとさせられたのでした。隣人中国のこうした災害に対する取り組みや体制についてまったく知らないまま過ごしていることに気付いたのです。そこで、中国における災害対策について勉強してみなければと思い立ちました。日本各地で「線状降水帯」が暴れ回り、激しい雨によって被害が相次いだ今年夏のことです。
中華人民共和国応急管理部とは
まず、中国から伝えられるニュースを見ながら、被災地で実に組織立った救助活動が行われていることに気付きました。調べていくと「中華人民共和国応急管理部」(「応急管理部」)という防災、災害救助を担当する機関に行きつきました。ホームページによれば「主要な任務」として、国家非常事態計画の策定を組織し、全ての地域と部門の緊急事態への対応を指導し、非常事態計画システムの構築にはじまり、災害状況を統一的に掌握、発表することや、災害救援体制の構築、安全な緊急救助を指導することなどが記されています。特に大規模な災害への国家対応の任務を担うこと、火災、洪水、干ばつ、地質災害などさまざまな災害に対応して予防と管理を指導することや、工業、鉱業、商業など産業における生産の安全に関わる総合的な監督管理も担当し、総合常備緊急対応部隊として緊急救助隊と共に対応に当たることなどが明記されています。守備範囲の非常に広い総合的な危機管理対策に当たる機関であることが分かります。現地を取材したわけではないのであくまでも想像ですが、今回の豪雨災害の際も、この「応急管理部」が機敏に動き、被災各地で消防救援隊などを始動させていたと考えれば、CCTVのニュースなどで伝えられた被災現場での組織立った救助、救援活動が理解できます。
なぜこんなことを調べ始めたのかといえば、災害に直面する大変さは、日本であれ、中国であれ全く変わりはないはずで、日中両国で災害・防災対策の協力メカニズムをつくり、共同して立ち向かうことができないかと問題意識を刺激されたからです。
日本の災害経験値と防災協力
1995年の阪神淡路大震災を踏まえて98年に、アジアを中心とした各国の防災能力を高めるための国際協力ネットワークづくりを目指して「アジア防災センター」(ADRC)が被災地である兵庫県神戸市に設立されました。防災情報の共有や、人材育成、各国の防災力向上などに取り組んでいます。メンバー国である中国との間でも防災対策に関わる学際研究の討論会なども行われ、中国側の協力機関として「応急管理部」が挙げられています。
また、日本には、防災・減災のための科学技術の研究、イノベーションに取り組んでいる国立研究開発法人・防災科学技術研究所(防災科研、茨城県つくば市)があり、設立から60年になります。地震、津波、噴火、暴風、豪雨、豪雪、洪水、地滑りとあらゆる自然災害を対象としていて、その予測・予防や発災後の応急対応、復旧・復興と全ての局面に理学、工学、社会科学の「総合知」で対処していくことを掲げています。
京都大学教授から防災科研理事長に就任した宝馨氏は新聞のインタビューに「科学的知見を基に基礎的な防災力を持ち、高いレジリエンス(回復する力)を備えた災害に強い社会を実現させたい」と語り、「産官学民のさまざまな関係者と協働し、社会の防災力の共創を推進させていく」と答えています(毎日新聞7月11日朝刊)。
地震はじめ災害の多い日本は、それだけに防災対策についての経験値や研究も厚く、自国にとどまらず世界各国の役に立てる経験や知見を蓄積しているという国情があります。
「グリーン発展理念」への理解一方、中国に関しては、「グリーン発展理念」について、ぜひ理解を深めておく必要があります。気候変動問題にどう取り組むのかが災害・防災対策の鍵を握る時代になっているからです。
習近平国家主席が2020年9月の国連総会において、30年にカーボンピークアウト、60年にカーボンニュートラル(この二つを中国では「双碳」と言っています)を目指すと表明し、中国が、気候変動問題への取り組みでここまで踏み込むとは思っていなかった世界に「衝撃」が走ったことをご記憶の方も多いと思います。翌21年10月に60年を展望した「新たな発展理念を完全・正確・全面的に貫徹し、炭素排出ピークアウト・カーボンニュートラル活動に取り組むことに関する意見」が公表され、ロードマップが示されました。
例えば、「交通」について、「30年まで毎年、追加される全車両の40%が新エネルギーを動力源とし、100万人を超える全都市で環境に優しい交通が70%以上になる」としていました。日本のメディアはじめ、半信半疑というか、この文脈の意味するところを図りかねていたといってもいいでしょう。しかし、今年夏、中国の23年1~6月の自動車輸出台数が日本を上回り、世界首位となったことが伝えられ、それをけん引しているのが、EV、電気自動車だということが分かりました。中国の変化の速度は、世界の想像、既成概念を大きく超えるものがあります。この一例をもってしても、気候変動、環境問題への中国の取り組みは、まさに、本気なのです。「グリーン発展理念」は中国の発展を持続させる大本になっているのです。加えて大事なことは、この「理念」の土台に中国古来の「天人合一」という思想、哲学があることです。人と自然がどうすれば共存、共生できるのかという、中国の長い歴史と文明・文化に根差した自然観、哲学に基づいて「グリーン発展理念」が打ち立てられ、そこから政策が構想、立案されているのです。
日中の防災協力に向けて
ここに、日中お互いの「強み」を生かしながら協力の枠組みを広げる可能性が開けると考えます。すでに専門家の間ではさまざまな協力が重ねられているのだろうと想像します。しかし、この夏の豪雨、洪水被害の「既視感」から、さらに広く、深く、「学際」、「民際」(さまざまな分野、領域の人々)の協力関係を構築していく道を日中双方の努力で探ることは大いに意味があると確信します。
世界を猛暑が襲い、豪雨や洪水が地球の各地で起きて数多くの犠牲者が出ています。欧州からはギリシャなど地中海沿岸各国で山火事が続発していることも伝えられました。ハワイのマウイ島で大規模な山火事による猛火が島をなめ尽くし壊滅的ともいえる被害を引き起こしたことも記憶に新しいところです。これらの事態が地球温暖化、気候変動との関わりで語られる深刻な状況となっています。防災・災害対策における日中両国の協力の枠組みが力強く機能することは、日本と中国2国間にとどまらず、深刻な災害に直面する世界にとっても大きな力になると考えます。
今年8月2日朝、北京市の消防救助隊は房山区の被災者を救援ボートで救出した(vcg)