世界と向き合い前進するために
文=木村知義
2024年、新しい年を迎えました。
しかし今年も、残念ですが、素直におめでとうございますというごあいさつができる世情にはありません。
一向に出口の見えない戦火、不条理に命を奪われる人々が絶えない世界のニュースに接しながら、無念と共に自身の無力を思い知らされます。それだけに、平和で心安らかに暮らせる世界になるようにと心から念じながら、世界と真摯に向き合い、中国を懸命に見つめ、耳をそばだて、そして考え、幾ばくかでも時代を前に進めることに役立てばと、また改めて、このページの筆を執る際の思いを強くしています。
そんな思いを込めて、今号では、現代世界の基本構造と中国について私見の一端を申し述べて皆さんと共に考えてみたいと思います。
中米首脳会談を通した「復習」
現代世界の基本的構造について認識を深めることは、とりもなおさず、いま世界の「動き」の規定要因としてことごとく立ち現れる「米中対立」をどう捉えるのかという問題に他ならないと思います。「対立と分断」の時代を越えて未来に向けて歩みを進めるためにどうあるべきかという問題意識に立つからです。その際、昨年11月の中米首脳会談について考察を深めておくことが欠かせないと考えます。現代世界への認識を深めるために、学び取るべきことがぎっしり詰まった、これ以上にない「教科書」だと感じるからです。
習近平国家主席とバイデン米大統領が昨年11月、米国・サンフランシスコの近郊で会談したことはまだ記憶に新しいところです。両首脳が対面で会うのは一昨年インドネシアのバリでの会談以来1年ぶりのことでした。少人数での昼食会も合わせ4時間に及ぶ会談となりました。この会談については、「両首脳は中米関係の戦略性、全体性、方向性に関わる問題および世界の平和と発展に関わる重要な問題について、率直かつ踏み込んだ意見交換を行った」(人民網日本語版2023年11月16日)という指摘に集約されますが、同時に、世界の全ての人にとって、現代世界と中国に関わる基本認識について深く「復習」を迫られるものだったと考えます。
現代世界への認識の「隔たり」
会談後、ホワイトハウスのウェブ上に掲載された「ジョー・バイデン大統領と習近平国家主席の会談を読み解く」(Readout of…以下英文原題省略)という文書を読んでみました。「Readout」という言葉が物語るように、この文書は首脳会談について米国自身の「読み解き」を記していて、米国側の認識、会談における本音を読み取ることができます。
冒頭で「両首脳は、潜在的な協力分野を含む二国間および世界的な諸問題について率直かつ建設的な議論を行い、相違する分野についても意見を交換した」とした上で、「バイデン大統領は、米国と中国が競争関係にあることを強調し、米国は自国における米国の強さの源泉に投資し続け、世界中の同盟国やパートナーと連携していくと述べた。また、米国は常に自国の利益、価値観、そして同盟国やパートナーのために立ち上がることを強調した。また、世界は米中両国が責任を持って競争を管理し、対立や衝突、新たな冷戦に陥ることを防ぐことを期待していると繰り返し述べた」と米国の立場を述べています。
これを習近平主席の表明と対照してみると、現代世界に対する認識の違いが見て取れます。
「世界はいま、100年に一度の大変局の真っただ中にあり、中米には二つの選択肢がある。一つは団結と協力を強化し、手を取り合ってグローバルな挑戦に対応し、世界の安全保障と繁栄を促すこと。もう一つはゼロサム思考を受け入れて陣営の対立をあおり、世界を混乱と分裂に向かわせることだ。二つの選択肢は二つの方向を表しており、人類の行く末と地球の未来がかかっている。世界で最も重要な二国間関係として、中米関係はこの大きな背景の下で考え、ビジョンを作らなければならない。中米は付き合わないわけにはいかず、相手を変えようとするのは非現実的で、衝突と対抗がもたらす結果には誰も耐えられない。大国間の競争によって、中米や世界が直面する問題が解決することはない。この地球は中米両国を受け入れることができる。中米それぞれの成功はお互いにとってのチャンスだ」(人民網日本語版2023年11月16日)
米国の言う「競争」をどう考えるのかが重要な分水嶺となっています。つまり、「米中対立」の時代と言われる現代世界の構造的認識における「隔たり」が浮き彫りになるのです。
「米中対立」の時代を越える
世界中の目が昨年の中米首脳会談に注がれたのは、これからの世界にどのような変化が起きるのかが極めて重要なイッシューになるからでした。もちろん、両国の軍同士の意思疎通を図る高官協議、国防当局の対話、人工知能(AI)に関する政府間対話を立ち上げることや麻薬対策での協力に向けた作業部会を立ち上げること、気候変動に対する取り組みなどいくつもの合意についてその意義を理解するとともに、バイデン氏が言うように「競争が衝突へと転じないよう責任ある形で競争を管理していかなければならない」ということも大事です。しかしそれ以上に、習主席が「世界で最も重要な二国間関係として、ビジョンを作らなければならない」と語っているように、これからの世界をどう創っていくのかという未来に向けての発想こそが問われていたのだと思います。
その意味で忘れてはならない重要な指摘がありました。「双方が相互尊重、平和共存、協力・ウインウインさえ堅持すれば、意見の相違を乗り越え、二つの大国が正しく付き合う道を見つけることができる」としていることです。ここに関わることは首脳会談を前にした中国外交部の定例会見でも語られていました。
「自国の願望やモデルに照らして他国を形作ろうとするのは、そもそも独りよがりであり、典型的な覇権主義であり、決してうまくいかない。中国は米国を変えようとはしておらず、米国も中国を形作ろうとしたり、変えようとしたりすべきではない。米国が『新冷戦』を求めず、中国と衝突する意図がないなどの約束を実行に移し、中米関係が健全で安定した発展の軌道に戻るよう共に推進することを希望する」(2023年11月13日中国外交部定例会見、毛寧報道官)。ここに「米中対立」の時代を越える神髄があると言えるのではないでしょうか。
「台湾問題」の大事な復習
もう一つ大事な問題は台湾を巡ってです。昨年は米国、日本において「台湾有事」が言い立てられました。すでに本欄でも述べてきたので、この「台湾有事」という言説がいかにまやかしで、意図的につくられた「有事論」であるかについては繰り返しませんが、習主席のきっぱりとした立場表明によって世界は台湾に関わる原則をもう一度復習することになったと言えます。
「台湾問題は終始、中米関係の中で最も重要でデリケートな問題である。中国は米国側がバリ島会談で行った積極的な態度表明を重視している。米国側は『台湾独立』を支持しないという姿勢を具体的な行動に示し、台湾を武装することをやめ、中国の平和的統一を支持すべきである。中国は最終的に統一される。必ず統一されなければならない」(人民網日本語版2023年11月16日)
ここで非常に重要な表現が用いられていることにお気づきでしょうか。「中国の平和的統一を支持すべきである」というくだりです。「台湾の平和統一」をあなたは支持できないのですか!?と迫ったのです。つまり、「台湾独立」への策動や外部勢力による介入さえなければ、中国は平和的統一に向けて進むことができることを改めて明確にし、中米国交樹立時の原則に立ち戻って復習することが不可欠だと釘を刺したのでした。そして、「中国は必ず台湾に武力侵攻する」という、つくられた「台湾有事」の「謬論」を打ち砕くものとなっているのです。さらに、米国は「台湾独立」を支持しないという立場を具体的な行動で示す必要がある、よって台湾への武器供与をやめ、中国の平和統一を支持すべきだと台湾問題の核心を突いてバイデン大統領に迫ったのでした。さらに、台湾はいずれ統一されるのが道理であることを、首脳会談の場を通して、米国のみならず世界に向けて改めて知らしめたと言えるでしょう。
「対立と分断」越え新たな世界へ
習主席が「中国式現代化の本質的な特徴と内包する意義、中国の発展の見通しと戦略的意図について深く説明した」ということや、米国による「輸出管理、投資に対する審査、一方的な制裁」に関わる指摘をしたこと、さらに習主席が提起した「中米関係の5本の柱」など、中米首脳会談から私たちが「復習」したり新たに学び取ったりしなければならない論点は多岐にわたることは言うまでもありません。その上で、「中国は米国を追い越したり、取って代わったりすることを計画していない」という意思表明については、中国がこうした立場、考え方を表明する意図を十分理解した上で、ここはさらに深めていくべきテーマとしてあるのではないかと考えます。すなわち、次の世界秩序はどのようにして形づくられていくのかという問題です。これは、世界の人々がどのような世界のありようを希求するのかで決まっていくことだと思います。中国には世界の人々に呼び掛けている「人類運命共同体」という理念があり、それを具体化していく重要なツールの一つとして「一帯一路」イニシアチブがあることを踏まえれば、中国こそが世界の人々と手を携えて次代の新たな世界像、新たな世界秩序を創造していく責任を果たす立場にある、その先導者として期待されるということを、これからの歴史的課題としてさらに深めていく必要があるのではないかと思うのです。
現代世界と中国について認識を深め、この一年を歩む足元を踏み固める問題提起として考えの一端を申し述べました。この一年が希望と光の見える年になるよう願いながら筆を置くことにします。
木村知義 (きむら ともよし)
1948年生。1970年日本放送協会(NHK)入局。アナウンサーとして主にニュース・報道番組を担当し、中国・アジアをテーマにした番組の企画、取材、放送に取り組む。2008年NHK退職後、北東アジア動態研究会主宰。