新たな段階へとまた進んだ中国
文=ジャーナリスト・木村知義
中国では8月末から9月初めにかけて二つの大きな「動き」がありました。
「上海協力機構(SCO)」首脳会議(8月31日から9月1日、天津で開催)と「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年」記念大会(9月3日)です。この二つは、別の行事でありながら、深くつながるものだと感じました。今回はその「つながり」に目を向けて考えてみます。
歴史は過去を物語り、未来を導く
まず、「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年」記念大会です。この「記念大会」では、中国とロシア、朝鮮の3首脳が天安門楼上に並ぶということも相まって、世界注視の中での開催となりました。この日、中国中央テレビ(CCTV)は朝6時(北京時間)から特別報道番組を編成して現場からの中継を織り込みながら放送しました。
李強総理の開会宣言と共に礼砲が響き、国歌の合唱、国旗掲揚に続いて習近平主席が演説に臨みました。ほぼ10分という短い演説でしたが、日本の私たちにとっても心に刻んでおくべき重要な内容が詰まったものだと感じました。
「中国人民抗日戦争は極めて困難に満ちた偉大な戦いでした。中国共産党の提唱で結成された抗日民族統一戦線の下で、中国人民は頑強不屈に強敵に立ち向かい、血と肉をもって長城を築き、外敵の侵略に対する近代以降初めての完全勝利を収めました」と抗日戦争を振り返るくだりでは、中国への侵略の手を広げる日本軍国主義に対して、中国の人々がいかに苦難に満ちた戦いを強いられたか、そして、いかに多くの犠牲を乗り越えて勝利に至ったのかがひしひしと伝わってきて胸に迫るものがありました。そして何より大事なことは、過去の苦難を振り返ることにとどまるのではなく、「歴史が示している通り、人類は運命を共にし、喜びも苦難も共有しています。各国の各民族が平等に接し、仲むつまじく付き合い、助け合うことで、初めて共同の安全保障を実現し、戦争の根源を消し去り、歴史の悲劇を再び繰り返さないようにできるのです」と、これからの世界の在り方を端的な言葉で指し示したことだと思います。
また、「今日、人類は再び、平和か戦争か、対話か対抗か、ウインウインかゼロサムゲームかという選択を迫られています。中国人民は歴史の正しい側、人類文明の進歩の側に立ち続け、平和的発展の道を揺るぎなく歩み、各国の人々と共に手を携えて人類運命共同体を構築していきます」と現代世界の状況認識とそこでの中国の立ち位置および中国が歩む道筋が端的に語られました。
演説は「人類の平和と発展という崇高な事業は、必ず勝利を収めます」という力強い言葉で締められました。すなわち、抗日戦争勝利80周年という節目に際して、今われわれが直面する世界の大変動を前に、平和と共助によって、戦争の根源を消し去り、歴史の悲劇を繰り返させないという固い決意を世界に向けて発したと言えます。日々理不尽な{さつ・りく}殺戮にさらされているパレスチナ・ガザの人々はじめ、戦火に苦しむ世界の全ての人々に対する心にしみわたる演説だとも感じました。「歴史は過去を物語ると同時に、未来を導きます」という演説における習主席の言葉に全てが凝縮されていると言えるでしょう。
新たなグローバル・イニシアチブ提唱
そこで、もう一つの天津で開催された「上海協力機構(SCO)」首脳会議です。
「SCO」は、1996年に中国とロシアに加え中国と国境を接するカザフスタン、キルギス、タジキスタンの各国首脳が上海に集まった「上海ファイブ」を前身とし、そこにウズベキスタンが加わって6カ国で2001年に発足した機構です。その後、インドとパキスタン、イラン、ベラルーシが加わり加盟10カ国へ、さらに、オブザーバー国としてアフガニスタンとモンゴル、パートナー国としてアゼルバイジャン、アラブ首長国連邦(UAE)、アルメニア、エジプト、カタール、カンボジア、クウェート、サウジアラビア、スリランカ、トルコ、ネパール、バーレーン、ミャンマー、モルディブの総計26カ国で構成される多国間の国際機構で、国境周辺での治安維持と紛争防止から、貿易、経済、エネルギー、防衛・安全保障分野と協力分野は広く網羅されています。加盟国10カ国だけで、人口は世界の4割強、国内総生産(GDP)の総和は世界のおよそ4分の1、面積はユーラシア大陸の6割を占める世界最大の「地域組織」に成長してきました。今回の会議で、50以上の分野で協力を展開し、経済規模は30兆㌦に迫ると報告されました。
今回、SCOに加盟していないマレーシアなど東南アジアの首脳らも招待して「上海協力機構プラス」会議(拡大SCO会議)を開催したこと、インドのモディ首相が訪中したことなども注目を集めましたが、何よりも、習主席が「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ」を提唱し「各国と共に、より公正かつ合理的なグローバル・ガバナンス体制の構築を後押しし、手を携えて人類運命共同体へと邁進していきたい」(人民網日本語版9月2日)と表明したことが世界で大きなニュースとなりました。その理念は「主権平等の遂行」「国際的な法の支配の遵守」「多国間主義の実践」「人間本位の提唱」「行動の重視」の五つに集約されます。今回の「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ」の提唱は、これまで習主席が提起、提唱してきた「グローバル開発イニシアチブ」「グローバル安全保障イニシアチブ」「グローバル文明イニシアチブ」に続く第4の新たな「グローバル・イニシアチブ」となります。
SCO天津サミットに参加した国連のグテーレス事務総長は、中央広播電視総台(CMG/チャイナ・メディア・グループ)のインタビューに答えて「SCOは互恵・ウインウインの多国間協力プラットフォームとして、世界人口の大部分を代表しており、世界経済で最も活力ある地域をカバーしている」と述べるとともに「われわれは多極化世界を構築する必要がある。あらゆる地域、文化、宗教、文明が協力し合える世界を構築する必要がある。多極化世界を構築する過程で、SCO加盟国は極めて重要な役割を果たしている。SCOの存在は真の多極化世界へまい進する基礎条件の一つだ」と語り、SCOが多極化世界の構築にとって極めて重要だとの認識を示しました。
目を疑い、そして言葉を失った……
そこで忘れてならないのは、この二つの「動き」を前にした日本の動きです。
正直、目を疑うというのはこういうことかと思いました。「【独自】中国の抗日行事に『参加自粛を』日本政府、各国に呼びかけ」という見出しの記事を目にしてです。8月24日夜配信の共同通信の「スクープ」でした。まさか、という言葉が口をついて出て、続いて、言葉を失いました。見過ごすことのできない重要な記事なので少し長くなりますが引用しておきます。
「日本政府が、中国・北京で9月3日に行われる抗日戦争勝利80年の記念行事と軍事パレードを巡り、欧州やアジア各国に参加を見合わせるよう外交ルートで呼びかけていたことが分かった。複数の外交筋が24日、明らかにした。中国は一連の行事のテーマに『抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利80周年』を掲げる。日本は参加自粛を促すことで、中国寄りの歴史認識が国際社会で広がるのを抑える狙いがある。直前の8月31日~9月1日には、中国・天津で上海協力機構(SCO)首脳会議が予定されている。ロシアのプーチン大統領は会議に出席後、北京で記念行事と軍事パレードに参加する見通し。中国は、各国首脳や国際機関の要人を幅広く招待しているとされる。外交筋によると、日本は在外大使館などを通じ、中国の記念行事は過去の歴史に過度に焦点を当てており、反日的な色彩が濃いと各国に説明。首脳らの参加は慎重に判断すべきだと伝えた。(以下略)」
もはや「恥ずかしい」を超えて、常識では考えられない「愚かなこと」を政府、外務省がしたものだと、今でも語るべき言葉が見つかりません。どこに過去の中国への侵略の歴史への反省があるのでしょうか。加害の歴史に対する責任などこれっぽちも感じられない{や・ろう・じ・だい}夜郎自大としか言えない姿勢に驚くばかりです。世界の人々から私たち日本人がどう思われるか、恥ずかしさにもはや言うべきことはありません。
もう一つ、日本の大方のメディアが今回の「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年」記念大会を、「軍事パレード」という呼称で報じたことが{はら}孕む問題です(この稿を書き終えた9月4日朝には「『抗日戦勝80年』式典」と表記するメディアが出てきましたが)。もし、今回の「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年」記念大会を略するなら「記念大会」とするのが常識的でしょう。しかしそう略すると、では「何の記念大会か」という「問い」に直面することになるのは必然です。となると「抗日戦争の勝利」ということを明確にする必要に迫られます。となると、「なぜ、中国の人々は抗日戦争に立ち上がったのか」という「問い」へと派生して、必然的に、過去の日本軍国主義の中国侵略という歴史に向き合わなければならなくなるという論理的帰結が待っています。つまり、「軍事パレード」という略称によって今回の「記念大会」を報じることには、歴史的事実を覆い隠し、{わい・しょう}矮小化しておきたいという実に{こ・そく}姑息な意図が潜在していると言うべきだと思います。さらに、「軍事パレード」とすることで、結果的には、日本の人々に「中国脅威」の感情を醸し出す{そこ・い}底意を感じざるを得ません。
習主席が「演説」で語った「歴史の悲劇を繰り返させない」という言葉は、いささかでも過去の中国侵略の歴史を「合理化」したり「修正」したりするような動きがあるならば{かん・か}看過することはないということを、静かに、しかし、決然と語ったのだと受けとめました。さらに、日米同盟を基軸として対米{れい・じゅう}隷従を深めるばかりの現在の日本が中国を事実上の「仮想敵」とする外交安保政策へと日々傾斜を強める状況に対して警鐘を鳴らしたと考えざるを得ません。現在の日本の対中国政策における選択を鋭く迫る「演説」だったと言うべきです。
私たちは何が本質かを見極める力と覚悟をもって日本の現実に向き合う必要があると痛感します。そうした意味でも、今回の「記念大会」は日本および日本人に深く考えることを迫る「できごと」になったと考えます。
中国はまた一歩、歩みを進めた
今回の「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年」記念大会と「上海協力機構」首脳会議の「つながり」と冒頭に書きましたが、上海協力機構の首脳会議が土台にあって、そこに過去の歴史と向き合う営みとしての「記念大会」があると理解すれば、事の動きがよく見えてきます。すなわち、多大な犠牲と苦難の戦いを超えて日本軍国主義に勝利し「新中国」を誕生させた中国が、勝利から「80周年」という歴史的な節目に、次代の新たな世界の姿、新たな世界秩序に向けて、また一歩歩みを進め、世界の人々と手を携えて前に進むことを鮮明にしたということです。それが習主席による「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ」提唱の意味だと考えます。世界は新たな時代に向けて大きく歯車が回りつつあるということです。
問題は、また、日本のわれわれです。戦後、サンフランシスコ体制―日米同盟の下、ひたすら対米隷属を深めるばかりの道を歩み、政治、社会のみならず文化、精神においても自発的隷従というべき構造に慣れ親しんだこの日本をどう自立、かつ自律の国としていくのか、その際不可欠となる隣人・中国との関係をどう再構築し、平和的に共存し共に繁栄の道を目指すのか、まさに深い思考と実行力が問われることになります。
今回の「二つの動き」は、中国がさらに一段階段を登ることを世界に告げ知らせるとともに、日本の私たちに、新たな世界に向けて共に歩む用意はできているかと、重く、鋭く問い掛けているのだと考えます。
木村知義 (きむら ともよし)
1948年生。1970年日本放送協会(NHK)入局。アナウンサーとして主にニュース・報道番組を担当し、中国・アジアをテーマにした番組の企画、取材、放送に取り組む。2008年NHK退職後、北東アジア動態研究会主宰。
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