中米関係を見つめ中国と向き合う
文=ジャーナリスト・木村知義
米国のトランプ大統領が年初から世界を「引っかき回す」事態となっています。ベネズエラへの侵攻、マドゥロ大統領の拉致、一方ではグリーンランド「領有」にまつわる恫喝と欧州諸国への非難の言動、さらにキューバへの「海上封鎖」と「体制崩壊」を目指す恫喝など、非道、無法、平たく率直に表現すれば、めちゃくちゃと言う以外にない言動が続きました。しかし、日本の私たちにとっては、米国および中米関係の動向を誤りなく認識することは、日中関係のこれからを見通す上で欠かせない問題としてあり続けています。こうした問題意識に立って、米国および中米関係の動きを視界の中心に据えて、世界の構造がどのように変容しているのかを見つめ、中国および日中関係にどう向き合っていくべきかを考えます。
カーニー首相演説の「衝撃」
世界各国の政府、企業の首脳、非政府組織、文化、学術界のリーダーたちが集い、地球規模の課題解決に向けて意見を交わす「世界経済フォーラム年次総会」(ダボス会議)が、1月19日から23日までスイスのダボス・クロスタースで開催されました。閉幕を前にした日本時間の23日夕刻、経済メディアが現地からウェブで伝えたライブ番組を視聴したのですが、カナダのカーニー首相の演説が大きな反響を呼び、米国にとっては「衝撃」となったことを知りました。日本では、時を置かずカナダ大使館から「仮訳」として演説の全文が公開されました。
カーニー氏は「世界秩序の断絶、美しい物語の終焉、そして大国間の地政学が一切の制約を受けない残酷な現実の始まりについて話します」と切り出し、「私たちは、『ルールに基づく国際秩序』の物語が部分的に虚構であることを知っていました。強大な国は都合の良いときに自らをルールの適用外にするということを。貿易ルールが非対称的に執行されるということを。そして国際法がどれほど厳格に適用されるかは、被告や被害者が誰であるかによって異なるということを。この虚構は便利なもので、特に米国の覇権は公共財の創出につながりました。開かれた海上航路、安定した金融システム、集団的安全保障、紛争解決の枠組みへの支援などです。だから、私たちは看板を掲げました。儀式に参加しました。そして、言葉と現実の間の隔たりを指摘することをほとんど避けてきました。しかし、このような取引はいまや機能しなくなっています」と語り、自らのカナダを「ミドルパワー」と規定するカーニー氏は「大国は単独で行動できます。市場規模、軍事力、条件を押し付ける影響力を有しているからです。ミドルパワーにはそれがありません。このため、覇権国と二国間で交渉するだけでは、弱い立場で交渉しなければなりません。提示された条件を受け入れ、最も譲歩する国になるよう競い合うことになります。これは主権ではありません。従属することを受け入れつつ主権を演じているに過ぎません」と踏み込んで「ミドルパワーにとって『真実の中に生きる』とは何を意味するのでしょうか?」と問いを投げ掛け「一貫した行動を取ることです。同盟国にも競合国にも同じ基準を適用するべきです。ミドルパワーが一方向からの経済的威圧を批判しながら、別の方向からの威圧には沈黙するとき、その国は看板を掲げているだけになります」と鋭く提起したのでした。また、8年ぶりに中国を訪問し習近平国家主席と会談して中国との間で「強靭で持続可能な新型の戦略的パートナーシップを構築」したことにも触れながら、「グローバルな問題の解決に向けて、私たちは価値観と利益に基づき、課題ごとに異なる連合を形成する『可変的な幾何学』を追求しています」と語り、「強い者には強い者の力があります。しかし、私たちにも力はあります。偽りを止め、現実を直視し、国内で力を蓄え、共に行動する力です。これがカナダの道であり、私たちは堂々と、自信を持ってこれを選びます。そしてこの道は、私たちと共に歩む意思を持つすべての国に広く開かれています」と演説を結びました。
演説が終わると、会場に集まった世界の政財界のリーダーたちが席から立ち上がり、一斉に拍手を送ったということです。国際政治学者のイアン・ブレマー氏はSNSに投稿した動画で「カーニー氏は、誰もが公には言いたくなかったことを明言した。それは、米国主導の世界秩序に亀裂が生じ、終わりを迎えたということだ」と語りました。
カーニー氏の演説は、日本の私たちの在り方をも深く考えさせられる、実に重く響くものだと感じるのは私一人ではないと思います。
行き惑う米国と中米関係
カーニー氏の演説にトランプ氏は「怒り」をあらわにして、トランプ氏が提唱していたパレスチナ自治区ガザの暫定統治機関とする「平和評議会」について、カナダが参加するとは言ってもいないにもかかわらず、「カナダへの参加要請を撤回する」とSNSで明らかにしました。グリーンランド「領有」の恫喝とEU諸国との「駆け引き」における揺れ幅を含め、またもやトランプ氏の「TACO」(Trump Always Chickens Out=トランプはいつもビビって腰砕けになる)が出たと言われました。
その「TACO」の最たる繰り返しとなっているのが中米関係です。
なぜそうなるかと言えば、トランプ氏の「ブラフ(恫喝)」に屈することなく、毅然と原則を主張し、関税はじめ半導体輸出における「制裁」などに対しても一切引かずに対抗する姿勢を崩さない唯一の存在が中国だということにあります。すなわち、実質的にはトランプ氏が「白旗」を揚げながら「強がり」を言うという構図となり、トランプ氏が「融和」を求める限りにおいては、中国は、いたずらに対立、対決を深めることはせず米国との関係を保つ中米関係となっているというわけです。
トランプ政権が発足して1年になりますが、振り返って見ると、まず昨年の「超ど級」というべき対中「関税」問題がありました。しかし、関税をかけると言った舌の根も乾かないうちに撤回となりました。この撤回がTACOの始まりとなったと言えるでしょう。「米国債が売られるのでは……」と金融市場で真偽不明の「うわさ」が立っただけでも米国では急激な金利上昇となり、加えてレアアース(希土類)が入ってこなくなるということに自動車、ITはじめ軍需産業まで、ありとあらゆる産業分野が「動かなくなる」というパニック状態に、さらに年末のクリスマス商戦に必要な商品類の船積み期限が迫るという(コモディティ要因と言われた)状況にトランプ氏がたじろいだことが世界に明らかになってしまったのでした。その後、中米首脳会談となるのですが、中国への強硬な口ぶりの一方で、「習近平主席とはいい関係で、彼は素晴らしい」などという阿りの言葉がトランプ氏の口から語られる奇妙な「融和」状態となっています。
これらのことは欧米メディアや識者の論評にも如実に表れています。
一例を挙げてみます。昨年10月、韓国・釜山でトランプ大統領と習近平国家主席の会談が行われましたが、英『エコノミスト』誌は会談を前にして「Why China is winning the trade war」という論評を掲載しました(10月23日)。「米中貿易戦争」の勝者は中国だというのです。
「ベッセント米財務長官は、中国経済が『弱い』と発言している。だが現実は違う。中国は貿易戦争に勝利しつつある」として、中国が勝利している理由を3点にまとめています。
「第一に、中国は米国の威圧に耐えて巧みに報復できることを証明し、いわゆる『エスカレーションドミナンス(相手に対し、事態を拡大させるか否かで主導権を握り優位に立てる能力)』を確立している」として中国の「対抗措置」について詳細に分析しています。そして「中国は試行錯誤しながら新しい国際貿易規範を構築しつつある。これが第二の成功要因だ」とし、さらに、「中国が勝利しつつある最後の理由は、貿易戦争によって習氏と中国共産党が弱体化するどころか、強くなっている点にある。中国国外からは、不動産不況や消費低迷、起業家の萎縮、産業政策が生み出す過剰生産能力や不適切な資本配分など国内の深刻な問題が指摘される。だが多くの中国人からすると、トランプ氏の『いじめ』は習氏の足かけ12年にわたる取り組みの正当性を証明している。それは中国を技術力と産業基盤を兼ね備えた超大国にすることで、敵対的な世界に備えるという戦略だ」というのです。
こうした事例には事欠きません。要は、中米関係の現在の局面の構造的認識に誤りがあっては、世界を見誤るというわけです。
中国はどう向き合おうとするのか
この稿の筆を執っている最中、米国防総省による「国防戦略」(NDS)が公になりました。そこでは中国を「19世紀以降、米国に対して相対的な国力では最も強力な国家」と定義して、沖縄など日本の南西諸島と台湾地区、フィリピンを結ぶ「第1列島線」に沿って「強力な防衛体制を構築する」としています。また、「対立ではなく力による抑止」と、なんとも意味不明としか言えない表現で、「米国にとって有利な条件で交渉できる軍事的優位性を確立する」とするとともに、日本やオーストラリアなどの同盟国・パートナーを動員して、インド太平洋地域の軍備を強化することも明らかにしています。
また、かつての「モンロー主義」をもじって「ドンロー主義」を唱えるトランプ氏はSNSの投稿で「ドンロー・ドクトリン、稼働」として、ベネズエラ攻撃は、イラン、キューバとドミノ倒しのように反米国家を親米に塗り替えて「中国の世界戦略を切りくずす号砲」という位置付けにあるとしました。つまり、言葉遣いに「変化」があったとしても、中国をひたすら抑え込むことに腐心する米国の本質に一切変りはないというわけです。
では、こうした米国に中国はどう向き合おうとしているのでしょうか。
1月14日の『人民日報』の3面に寰宇平氏の論評「世界は『新モンロー主義』を必要としない」が掲載されました。そこでは「『新モンロー主義』は決して新しい概念ではなく、米国の伝統的覇権政策の現代における継続であり、危険なエスカレーションである」とした上で「(米国は)もはや一切の偽装を脱ぎ捨て、軍事攻撃、恫喝、経済的威圧、政権転覆といった横暴な手段に出ることをいささかも隠そうとしない。『力こそ正義』『米国第一』を奉じる米国は、自国の利益のためなら手段を選ばず、ほしいままに振る舞っている」と厳しく批判しています。そして、世界は『新モンロー主義』を必要としておらず、歴史は必ずや『新モンロー主義』を{とう・た}淘汰する」「歴史は必ず前へと進み、正しい道理は必ず強権に勝利する。覇権の脅威を前に、国際社会は歴史の正しい側に揺るぎなく立ち、国際的な公平と正義を共同で守るべきである」と呼び掛けています。
また、中国外交部の郭嘉昆報道官は1月23日の定例記者会見で、「世界が直面している不確定、不安定な要素が多ければ多いほど、対話を通じて団結と協力を強化し、共通の課題に対応することが必要だ」と述べるとともに、「情勢がどのように変化しようとも、中国は不確定な世界の中の『重し』となり、自身の発展によって各国が共同で発展するチャンス、自信、原動力を提供し続ける。われわれは関係各方面と共に対話を通じて意見の相違を埋め、協力して相互信頼を増進し、行動で約束を実行し、手を携えて世界的な課題に対応し、人類運命共同体を構築していきたい」と語りました(人民網日本語版1月23日)。
世界は、「米国抜きの世界」へと、すなわち「非米世界」がそれぞれ多様、多元的に動く時代へと踏み出しています。国際法と国際関係の基本準則を守り、国連憲章の趣旨と原則を堅持することを明確にし、多国間関係を大事にして世界を先導する位置に立つ中国は、まさしく、その「非米世界」の人々と共に手を携えて、新たな世界の在り方を開く歩みを進めていると言えます。
こうした世界と中国に対する構造的認識と日本の私たち自身の在り方への「問い掛け」をしっかりと肝に銘じて、中国そして世界と向き合っていくことが大事な時を迎えていることを、改めて確認しておきたいと考えます。
木村知義 (きむら ともよし)
1948年生。1970年日本放送協会(NHK)入局。アナウンサーとして主にニュース・報道番組を担当し、中国・アジアをテーマにした番組の企画、取材、放送に取り組む。2008年NHK退職後、北東アジア動態研究会主宰。
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