世界は新たな秩序を待っている

2026-03-26 10:38:00

文=ジャーナリスト・木村知義

 なんとも言えない違和感に襲われた!
 3月20日未明(日本時間)ホワイトハウスでおこなわれた高市首相とトランプ大統領の日米首脳会談の様子をテレビで見た率直な感慨です。
 「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っている」と高市首相はトランプ大統領に語り掛けました。いかにお追従といっても、これはあまりと言えばあまりと驚いて言葉を失ったのでした。
崩壊の淵に立つ世界秩序
 3月号に「米国のトランプ大統領が年初から世界を『引っかき回す』事態となっています」として、ベネズエラへの侵攻、マドゥロ大統領の拉致などを挙げて「非道、無法、平たく率直に表現すれば、めちゃくちゃと言う以外にない言動」と書きました。しかし、「めちゃくちゃ」は、とどまるところを知らずとなりました。2月28日、米国はイスラエルと共同でイランへの電撃的攻撃に踏み出しました。最高指導者ハメネイ師はじめ家族、重要幹部の爆殺に続き、その後も、最高安全保障委員会のラリジャニ事務局長ら要人の殺害が重ねられました。そして、子どもたちの学校への空爆などによって多くの犠牲者が出ました。オマーンによる仲介で米・イランの協議が重ねられ、オマーンの外相が「歴史的な合意が手の届くところにある」と述べて、外交的解決への期待が高まっていた中で、突然米・イスラエルによる爆撃が始まったのでした。トランプ氏の熱烈な支持者で側近の一人だった「国家テロ対策センター」所長のジョー・ケント氏が「良心が許さない」として辞任したことは、米国のみならず世界に衝撃を与えました。
 米国・イスラエルによるイラン各地への爆撃が続き、同時に、近隣各国の軍事拠点やエネルギー関連施設などへのイランによる報復攻撃が続いている、そんな最中、ワシントンを訪れた高市首相がトランプ大統領を持ち上げた言葉が「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」という一行だったのです。高市氏のこの言葉を世界の人々はどう受け止めるだろうかと考え込みました。
 事態は深刻だと言わざるを得ません。これほどまでに理非曲直を踏みにじって恥じることのない世界秩序の崩壊が起きているのです。そう考えた時、あらためて、昨年のほぼ同じ時期に登場したトランプ氏の「G2」論と中国の習近平主席が提唱した「グローバルガバナンス・イニチアチブ」について考える必要性を思い起こしました。
トランプ流「G2」論の何が問題か
 そこでまず、トランプ氏の「G2」論です。
 これまでも国際政治を議論する場で「G2」という言葉を目にすることがなかったわけではありませんが、トランプ氏が「G2」という言葉を使うのに出会ったのは、昨年10月、韓国の釜山で開催された米中首脳会談の直前にトランプ氏が自身のSNS「Truth Social」に行った投稿でした。そこでは「G2が間もなく開催される!」となっていました。以来、トランプ氏は中国との関係についてこの「G2」を好んで使うようになりました。また、ヘグセス国防長官ら政権幹部もこの用語を使い始めました。つまり、世界の強国たる米国こそが大国に成長した中国との間で世界秩序を「取り仕切る」(ディールする)のだという自負を込めたものとして、この用語を好んで使っているというわけです。さらに、今回のイランの最高指導者ハメネイ師爆殺後の後任の選出にトランプ氏自身が関与しなければならないと語るなど、常軌を逸したというほかないようなことを平然と主張するものでもあります。これはベネズエラでも同じでしたし、イランに続いて「介入」を予告しているキューバにおいても、トランプ氏やルビオ国務長官の関与する体制転換(レジュームチェンジ)でなければならないと、国際法理も何もあったものではない無体が横行する事態となっています。つまり、「G2」と語って、一見、中国に対して「米国と並ぶ大国」という位置付けで遇しているように見えますが、要は、なんでも自分たちが思うように「取り仕切る」、すなわち「ディール」できるという、トランプ流の覇権思考が根深く宿る世界秩序観だと言えます。ですから必然的に世界に深刻な分断を生むことにつながるのです。
 言うまでもありませんが、中国が、このトランプ氏の「G2」論に賛同したり、自ら「G2」と称したりしたことは一度もありません。多様化する世界、世界の多極化、多元化という時代の流れに逆行するものであり、世界の人々の支持を集めるものとはなりえないことは言うまでもないことです。
 ただし、中国が「戦略的な柔軟性」としたたかな「実利主義」で米国に相対していることは、日本の私たちが見落としてはならないことだと考えます。すなわち、米国の基調は中国に対する抑止であり、米国が越されないようにどう中国を抑え込み、封じ込めるかということが対中国戦略の基本だとしても、世界における存在の大きくなった中国をただ力だけで抑え込むことができなくなった現代にあっては、さまざまに手を施して「融和」に努めたり、「共存」をめざしたりということが起きてくるわけですから、中米関係の本質と、それぞれの局面における現象をきちんと見定める力がなければトランプ氏の「G2」論に有効に立ち向かうことができないと知るべきです。
 さらに、トランプ流の「G2」論によって、世界における多国間主義の後退とそれに伴う国際公共財の不足が起きているという指摘があることも重要です。トランプ氏による米国の世界保健機関(WHO)や気候変動枠組み条約「パリ協定」からの離脱、「ユネスコ」脱退(発効は今年年末)などに象徴される動きです。トランプ氏の「G2」論は、世界に平和をもたらすのではなく、「ルールに基づいた秩序」を「損得勘定のディール(取引)」に変質させたという識者の指摘はとても重いと言うべきです。
グローバルガバナンスイニシアチブとは
 そこで、中国の掲げる「グローバルガバナンスイニシアチブ」です。
 この「グローバルガバナンスイニシアチブ」は、昨年9月1日、天津で開かれた「上海協力機構(SCO)プラス」会議で習近平主席が提起したものです。習主席は「80年前、二度の世界大戦の甚大な災難で国際社会は苦しみが続き、こうした状況から国連が生まれ、グローバルガバナンスの新たな一ページが開かれた。80年後も平和、発展、協力、ウインウインの時代の潮流に変化はないが、冷戦思考、覇権主義、保護主義の影は消えず、新たな脅威、新たな挑戦(課題)が減らずに増え、世界は新たな動揺・変革期に入り、グローバルガバナンスが新たな岐路に立っている」と述べて、この「グローバルガバナンスイニシアチブ」を提起し、「各国とともにより公正で合理的なグローバルガバナンス・システムの構築を進め、手を携えて人類運命共同体へまい進することを願っている」と語り掛けて五つの原則を挙げました。
 1)主権平等を実行する。各国は国の大小、強弱、貧富を問わず、みなグローバルガバナンスに平等に参加し、平等に政策を決定し、平等に利益を得る。国際関係の民主化を推進し、発展途上国の代表制と発言権を高める。
 2)国際法治を順守する。国連憲章の目的と原則など広く認められている国際関係の基本準則を全面、十分、完全に順守し、国際法と国際ルールの平等統一適用を確保し、「二重基準」をやらず、少数の国の「国内ルール」を他国に押し付けない。
 3)多国間主義を実践する。共同協議・構築・享受のグローバルガバナンス観を堅持し、団結・協力を強化し、一国主義に反対し、国連の地位と権威を断固守り、国連がグローバルガバナンスの中で代替不能の役割を確実に発揮するようにする。
 4)人間本位を提唱する。グローバルガバナンス・システムを改革、整備し、各国人民がグローバルガバナンスに共同で参加し、グローバルガバナンスの成果を共有することを保障し、人類社会が直面している共通の挑戦(課題)により良く対応し、南北の発展格差をより良く埋め、世界各国の共通の利益をより良く守る。
 5)行動志向を重視する。システム計画と全体的推進を堅持し、グローバル行動を統一的に計画、調整し、各方面の資源を十分引き出し、目に見える成果をより多く収め、実務協力によってガバナンスの遅れや断片化を回避する。
 これらの原則に続いて、具体的な政策や目標に詳細に触れながら、「大象を執り、天下往かん」(大原則を守れば世界は従う)という言葉を引いて「中国は各国とともに、大義を勇敢に担い、揺るぎなく大道を歩み、正しい第二次世界大戦史観を発揚し、大戦勝利の成果をしっかり守り、グローバルガバナンス・システムの変革と人類運命共同体構築推進の成果が全人類により多くの幸福をもたらすようにしたい」と結びました。(天津2025年9月1日発新華社=中国通信)
四つのイニシアチブと中米二つの大国
 この「グローバルガバナンスイニシアチブ」の提唱は、「グローバル開発イニシアチブ」「グローバル安全保障イニシアチブ」「グローバル文明イニシアチブ」の提唱に続く第4の「グローバルイニシアチブ」となりました。
 この提唱に合わせて、昨年9月1日、中国外交部がウェブサイトに発表した長文の「グローバルガバナンスイニシアチブ概念文書」でも「四つのイニシアチブはそれぞれが重点を置き、同時に進めても矛盾せず、異なる角度から変化と混乱が交錯する世界により多くのプラスのエネルギーを注入し、人類の発展と進歩により強い推進力をもたらすものである」としています。また、「現行の国際システムの外で別のシステムをつくるのでもなく、現行の国際システムと国際メカニズムの執行力、有効性を高め、それを変化する情勢により合致させ、さまざまなグローバルな挑戦により即時かつ効果的に対応し、各国、特に発展途上国の利益によりよく奉仕するようにする」と強調しています(東京2025年9月10日発中国通信)。すなわち、人類運命共同体という大きな人類史的構想・目標に向けて、いわば異なる「登り口」から「頂上」に向かう道筋を指し示すものとして、「一帯一路」イニシアチブと合わせて、それぞれが相互に深い連関をもった構成体を成す関係にあると理解できます。
 また、今年の全国人民代表大会(全人代)期間中に行われた外交部長記者会見で王毅中国共産党政治局委員・外交部長は、中国が提唱する「グローバルガバナンスイニシアチブ」は、これまでに150余りの国と国際機関から支持を得ていると語っています。
 そこで、中国と米国の二大国の関係をどう捉えるべきかという問題が残ります。人民日報の国際評論「鐘声」では「中国と米国は互いに成果を上げ、共に繁栄できる」と題した論評で「中米両国は互いに成果をあげ、共に繁栄し、両国に幸福をもたらし、世界に恩恵を及ぼすことが完全に可能だ。このビジョンの実現は決して平坦な道のりではなく、双方が大国としての度量と責任感を示し、歩み寄りと共同努力を堅持することを必要とする。両国首脳の戦略的な意思疎通は、中米関係の発展に貴重な安定性をもたらしてきた。双方は両国首脳間の重要な共通認識に従い、しかるべき政治的知恵と歴史的責任感を示し、対話を強化し、相互信頼を増進し、溝を管理・コントロールし、協力を深め、中米関係の健全で安定した軌道に沿った前向きな発展を共に後押しするべきだ」と述べています(「人民網日本語版」2025年9月22日)。私たちが中米首脳会談を見つめる際に欠かせない視点だと言えるでしょう。
 いま問われているのは、倫理と論理において世界の人々の心に響く世界秩序への道はどこにあるかということだと考えます。世界秩序が旧来の軍事力や経済的圧力によって強権的に形成される時代は終わったと考えなければなりません。こうして、「グローバルガバナンスイニシアチブ」について考察を深めていくと、まさに、新たな世界秩序の足音を聴く思いがしてきます。

 

木村知義 (きむら ともよし)   

1948年生。1970年日本放送協会(NHK)入局。アナウンサーとして主にニュース・報道番組を担当し、中国・アジアをテーマにした番組の企画、取材、放送に取り組む。2008年NHK退職後、北東アジア動態研究会主宰。  

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