中国‐インド首脳会談から何を学ぶべきか

2026-09-21 14:09:00

ジャーナリスト・木村知義=文

世界は片時も休むことなく動いている、そして、われわれの思考は深くなければならない、世界の「複雑さ」に耐える思考の力を持たなければならない、そう考えさせられた。

中国の習近平国家主席とインドのモディ首相が、インドの首都ニューデリーで開催された第18回BRICS首脳会議の期間中に会談したことを伝えるニュースを前にしてのことである。日頃、海外放送局のニュース報道をチェックする中でインドNDTVのニュースを見ながら、インドを理解する難しさを感じていただけに、今回の習主席とモディ首相の首脳会談はとりわけ注目することになった。

ここで「とりわけ」というのは、9月初めにキルギスの首都ビシュケクで開催された2026年上海協力機構(SCO)サミットからインドでのBRICS首脳会議という流れが、この後に続く今年2回目の中米首脳会談と、大きな連続性の下にあるという認識に立っていたからである。そうした連続性という視界から、日本のわれわれは、何を読み取り、何を学ぶべきかという設問が生まれる。こんな問題意識からの少しばかりの考察である。

今回の習主席のインド訪問とモディ首相との会談は、日本ではそれほど注目を集めるニュースとしては伝えられなかった。しかし、実は、日本のわれわれにとっては多くの示唆を含むものだったと言える。

では、何が示唆に富むと考えるのか?

それは、さまざまな考えの違いや対立を抱えながらも、国と国が、どうすれば平和的に共存し、共に歩むことができるのかを説得力高く語り掛けているからである。

習主席のインド訪問は7年ぶりのことである。訪問に先立ってロイター通信は「中国の習近平国家主席が、9月にインドで開催される新興国グループ『BRICS』首脳会議に大規模な代表団を率いて出席する見通し」だと伝えた(8月25日)。あくまでもインド関係者からの情報ということなのだが「宿泊や警備体制の最終調整」をしているとして「約400人の中国当局者が同行する見通し。19年の前回訪問時は200人未満だった」と伝えたのだった。もちろん、実際がこの通りだったのかは日本のわれわれには確認のしようがないが、ロイターのこの報道に、中国が、少なくとも、今回のBRICS首脳会議およびその場を活用して行われるモディ首相との首脳会談を重視していることが推測されたのだった。そしてロイターの続報は「中印、経済連携と国境安定化で一致 習氏7年ぶり訪印で関係修復」と見出しが掲げられていた(9月14日)。

この中印首脳会談を伝えるCCTVのニュースを視聴して、翻訳にかけてもみたのだが、ちゃんと活字情報でも読むことができることになった。この報道を読めば読むほど、日本の在り方を考えさせられるのだった。少し長くなるが大事なので「人民網日本語版9月13日」から忠実に引くことにする。

報道のリード部分は「習近平国家主席は現地時間9月12日午後、インドの首都ニューデリーで開催された第18回BRICS首脳会議の期間中、インドのモディ首相と会談した。両国首脳は率直かつ踏み込んだ意見交換を行い、中国とインドがパートナーであることについて重要な共通認識に達した」となっている。続いて、双方の見解が詳細に語られる。

習主席は、「中国側は常に戦略的な高みと長期的な視点から中印関係を捉え、発展させている。この2年間、私とモディ首相は2度会談し、中印関係を『再出発』から『再向上』へと導いてきた。両国間の制度的交流は徐々に回復し、協力のリストは絶えず拡大し、二国間貿易額は再び過去最高を更新した。このような局面は容易に得られたものではなく、大切にすべきである。中印両国は国情が異なるが、互いの長所で短所を補い合い、相互に支持し、互いに成果を上げ、共に発展することは十分に可能だ。混迷を深める国際情勢を前にして、世界で最も人口の多い二つの国であり、グローバル・サウスの重要なメンバーである中国とインドは、重要な責任を負っている。双方は人類の前途を思い、人々の幸福を念じ、手を携えて『グレーターBRICS協力』の質の高い発展を推進し、世界の平和・安定と発展・繁栄を促進するために、より多くのプラスのエネルギーを提供すべきである」と指摘した。

一方のモディ首相である。

モディ首相は、「インド側は常に戦略的な高みと長期的な視点から印中関係を捉えており、中国とライバルではなくパートナーとなることを願っており、互いの発展を挑戦ではなく機会と見なしている。インド側は自主独立の外交政策を堅持し、対中国関係の発展が第三者からの影響を受けることはない。インド側の台湾および西蔵関連問題における政策と立場は変わっておらず、いかなる勢力にもインド国内で反中国活動を行うことを許さない。インド側は、インドのBRICS首脳会議主催に対する中国側の支持に感謝し、中国が来年BRICS議長国を務めることを全面的に支持する。インド側は、中国側と緊密に調整・協力を行い、グローバル・サウス協力の強化を共に推進し、世界の多極化と経済成長を促進し、激動する世界における安定と進歩の力となることを望んでいる」とした。

なぜ長くなることを承知で引いたのか、われわれ日本の足下を思うと、いや、端的、率直に言えば、高市首相の国会における「発言」の背後にある中国観、世界観と外交における、見識というにはほど遠い「立ち居振る舞い」を思うと、恥ずかしくなる感慨を抑えることができないからである。外交とはいかなるものかを教えられるとは、こういうことを言うのではないかと、中国、インド両首脳の発言から思ったのだ。

振り返れば、インドは、日本がその後の米国隷従を決定的とすることになる「サンフランシスコ講和」、すなわち、中国やソ連などを除外した、いわゆる「単独講和」には同調せず、改めて日本との講和に臨んだことは敗戦後の日本にとって重要な歴史的「出来事」として記憶に残ることである。その後、中国と共にアジアと世界の戦後の平和構築において「非同盟諸国」のリーダーとして重要な役割を果たした。しかし、一方では、中国との間で、メディアにおいて「国境紛争」と伝えられる、厳しい対立、深刻な衝突も抱えてきた。現在のインドの「立ち位置」はと言えば、「自主独立(全方位・多角的)」の外交方針の下、今回の「BRICS」をはじめとして、米国、オーストラリア、インド、日本の4カ国による戦略対話「QUAD」、G20、上海協力機構(SCO)そして「IPEF」(インド太平洋経済枠組み)に加わっている。さらに高市首相のインド訪問に際して高市氏が力説した「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)にも理解を示すというものだ。また、「グローバル・サウス」のリーダーを自認する南アジアの大国でもあり、米国はじめ世界のIT人材の「供給源」ともいえる存在である。また、世界の至る所に強い絆で結ばれたネットワークを誇る華僑と並んで「印僑」という言葉で語られるネットワークも存在する。そして、インドを語るときによく引かれるのが「ゼロの概念」の発祥の地である。また、言うまでもないが、パキスタンとの歴史的に根深い対立を抱える核保有国でもある。

これだけをとってみても、インドの「多様、多義的な顔」とでも言うべき、ひと筋縄では捉えがたい複雑さが浮かび上がってきて、硬軟、正反、さまざまに想像力をかき立てられる。浅学とはいえ、インドについての論や感慨を述べ始めるときりがないのでここでとどめることにするが、中国とインドの関係というのは、歴史、文明、伝統はじめ多分野、多方面、多領域にわたる深さにおいて、それほど容易に語ることのできない「難しさ」をはらむ関係だということは間違いないだろう。

その二国間が、否、二つの「大国」が、さまざまな矛盾をはらむ関係の中で、今回の首脳会談に臨み、そして前述のような「率直かつ踏み込んだ意見交換を行い」、詳細に挙げた両首脳の発言にあるような、相互を尊重しながら、共に歩む道を見いだしていくという、まさに「大人」(たいじん)の関係を結んでいるのである。

言うまでもないが、インドに深い知見を持つわけではない、また中国についても、関心の深さは人に負けない自負はあるとしても、知見の深さははなはだ心もとない、まさしく「素人」の視線である。しかし、日本の高市首相ならびに高市政権のなんとも言えない薄っぺらな「外交」のありようを顧みるとき、今回の「習近平・モディ会談」が語り掛けるもの、その示唆は、非常に大きく、深いと感じるのである。

人民中国インターネット版

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