グローバルガバナンス問われる時代
皆さんはワールドカップサッカーをご覧になったでしょうか。もちろん誰もがサッカーに関心があるわけではありませんから、一体何を言い出すのかと思われた方もいらっしゃるでしょう。しかし、たまげた!と言うしかないことが起きていました。トランプ大統領が自国チームのフォラリン・バログン選手に出たレッドカードの猶予をFIFA会長に働き掛けたというニュースが目に飛び込んできたのです。私たちにとっては忘れることのできない「七・七事変」(盧溝橋事変)89年目の日の早朝、海外各国の放送局のニュースをチェックしていたときのことです。
英BBCは、トランプ氏がFIFA会長のインファンティーノ氏に電話して「レッドカード執行の再検討を求めた」として「FIFAはほぼ誰も知らないルールを適用して猶予した」と皮肉まじりにコメントし「一線を越えた」「恥ずべきことだ」というサッカーファンの声を伝えました。
独ZDFは、トランプ氏がSNSに「FIFAよ、ありがとう。不公正を排除する正しい判断をしてくれた」と投稿したことを引きながら、トランプ氏が「私はスポーツを知り抜いている。あれ(バログン選手にレッドカードが出たプレー:筆者注)はファールではない」と言ったと伝え、ワシントンから特派員が「トランプ氏とインファンティーノ氏は便宜を図り合う関係だ」とレポートしました。

これらのニュースを見ながら「なんと愚かなことを」というつぶやきが漏れたのですが、重要なことは、これは単にサッカーあるいはスポーツにとどまる話ではないということです。このとき、あるサッカーファンの「X」(旧Twitter)への投稿に「レッドカードをなかったことにさせる米国。権力でルールを捻じ曲げさせ、それを誇らしげに公表するトランプとホワイトハウス。米国の現在を端的に象徴している」というものがありました。世界中の人々が「トランプの米国」のありように深い疑念を抱いていることが伝わってくるのでした。つまり、超大国米国の「ガバナンス」が問われているのです。サッカーの「レッドカード猶予」は氷山の一角でしかないという認識にならざるを得ない現在の米国なのです。
前置きが長くなりましたが、こうした問題意識で世界を見渡し、改めて中国に目を向けてみます。
いま世界が中国を見つめる視線は
この夏、実に興味深い世論調査結果が大きなニュースとなりました。米調査機関ピュー・リサーチ・センターが「米中両国のイメージについて」、36カ国・地域のおよそ4万2000人を対象に実施した世論調査で、日本を含む20カ国分をまとめた結果では「中国に好印象を持つ」と回答した成人の割合(中央値)が46%で昨年より8ポイント上昇、米国に対する好感度は12ポイント低下して36%となり、米国と中国が逆転したというのです。そして、米中両国について「中国をより好意的に見ている」のはドイツなど25カ国・地域で、「ほぼ同じ」はブラジルなど5カ国、日本など6カ国が「米国をより好意的に見ている」というのです(共同通信7月16日)。
別のメディアでは「36カ国・地域で米国への好感度が明確に中国を上回ったのは日本やインド、イスラエルなど6カ国だけだった。イスラム圏では中国への好感度が米国を大きく超え、パキスタンではその差が75ポイントに達した。米国を含む37カ国・地域で中国への好感度が最も低かったのは日本の11%だった。最も高かったのはパキスタンの90%で、ナイジェリアが78%、ケニアが76%と続いた。国民1人当たりの国内総生産(GDP)が低い国ほど好印象を持つ人が多い傾向がある」と伝えました(日本経済新聞7月16日)。「1人当たりGDPが低いほど(中国に)好印象を持つ人が多い傾向」という書きぶりは吟味の必要がある決め付けですが、ここでは置きます。
ここでは「好印象」「好感度」という、やや抽象的なイメージ論となっていますが、ピュー・リサーチ・センターのホームページを訪れるともっと緻密、詳細に報告されていることが分かります。そこでの掲題は直訳すれば、「多くの国の人々は現在、中国を米国よりも好意的に見ている。30カ国で行われた調査によると、習近平氏を信頼している国が多いことが示されている」となっています。中国への「好感度」だけでなく、習近平主席に対する「信頼」というカテゴリーでも語っていることは重要です。

実は、このような米中両国に関わる調査は今年になって相次いでいました。まず、米ギャラップ社が4月に発表した世界規模の世論調査によると、米中のリーダーシップへの評価について、米国支持は31%、中国の36%を5ポイント下回りました。ギャラップは「中国の支持率が上がったというよりも、米国の評価が下がった」と、なんだか負け惜しみ風の書きぶりですが、米国にとっては無視できないデータであることは間違いないでしょう。
さらに、シンガポールのシンクタンク「ISEASユソフ・イシャク研究所」は同じ4月、東南アジア諸国連合(ASEAN)の識者を対象とした年次調査を発表しましたが、ここでも、「米中の二者択一」を迫られた場合、「中国を選ぶ」と回答したものが52%で、「米国を選ぶ」の48%を上回りました。この研究所の調査では、すでに2024年に中国が米国を上回り世界の耳目を集めたのですが、昨年はわずかに米国が巻き返し、今年、また中国が上回る結果となりました。
そしてもう一つ、米国の政治メディア「ポリティコ」が今年3月に発表した世論調査では、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するカナダ、ドイツ、フランス、英国の4カ国を対象に「トランプ氏が率いる米国と、習近平氏の中国のどちらが頼りになるか」を尋ねたところ、いずれの国でも「中国が頼りになる」との回答が上回り、加えて、「中国の技術の方が米国より優れている」として、「10年後の世界の覇者は中国だと考えている」という結果となったというのです。
いまさらながら、世界の趨勢を知らされることになったという感慨を強くします。
ガバナンス喪失を憂う米国の識者
そこで、「サッカー話」ではとどまらない米国のガバナンス喪失についてです。すなわち、視界広く世界を見渡してみれば、もはや米国が主導する世界というのは仮構となりつつあることを知ることになります。そうした考察、論考は枚挙にいとまがないのですが、一例を挙げてみます。
米外交問題評議会の「フォーリンアフェアーズ」にプリンストン大学名誉教授のロバート・O・コヘイン氏が、論稿掲載直前に逝去したジョセフ・ナイ氏との連名で寄稿した「『アメリカの世紀』の終わり――ドナルド・トランプとアメリカパワーの終焉」に象徴的な言説を見いだすことになります。
「この80年間にわたって、アメリカは、強制ではなく、他を魅了することでパワーを蓄積してきた。(中略)トランプが、米同盟諸国の信頼を低下させ、帝国的野望を主張し、米国際開発庁を破壊し、国内で法の支配に挑戦し、国連機関から脱退する一方で、それでも中国に対抗できると考えているのなら、彼は失意にまみれることになるだろう。アメリカをさらにパワフルにしようとする彼の不安定で見当違いの試みによって、アメリカの支配的優位の時代、かつてヘンリー・ルースが『アメリカの世紀』と命名した時代は無様に終わるのかもしれない」
実に辛辣と言わざるを得ません。「トランプの米国」の今の姿を極めて的確かつ示唆的に説いていました。この寄稿から1年後、今年8月の同誌にはユーラシア・グループ創設者のイアン・ブレマーと同グループマネージング・ディレクターのフィラス・マクサドによる「イラン戦争のグローバルな帰結――対米不信と中国の影響力拡大」が載ることになりました。ここではトランプ氏がイスラエルのネタニヤフ首相と手を結んで始めた無法、理不尽としか言いようのないイランへの攻撃が強く意識されています。「中東における対米不信が高まるなか、戦後の中東でより大きな役割を果たせる立場にあるのが中国だ。特に、貿易、エネルギー、デジタルインフラの分野で、中国と地域諸国との協力が進むだろう。『アメリカはもはや信頼できず、ワシントンへの長期的な依存を減らすことを戦略的必要性』とみなしているのは中東諸国だけではない。ヨーロッパ、アジアでも、この認識が広がりつつある」と言い切っています。
もはや米国への信頼は崩壊し「アメリカの世紀」は終焉を迎えたという米国の識者自身の認識は実に重いと言わざるを得ません。そして、そこに通底するのは中国の存在の大きさです。
迫られる「GGI」への学び
では「世界は一体どう歩むべきか」という設問を前に、改めて、1年前の9月、天津で開催された「上海協力機構プラス」会議(拡大SCO会議)で習近平主席によって提唱された「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ」(以下GGI)を思い起こすことになります。本稿ではすでに昨年10月号で、この「GGI」の理念は「主権平等の遂行」「国際的な法の支配の遵守」「多国間主義の実践」「人間本位の提唱」「行動の重視」の五つに集約され、この提唱によって「世界は新たな時代に向けて大きく歯車が回りつつある」と述べました。「GGI」はこれまで習主席が提起してきた「グローバル発展イニシアチブ」「グローバル安全保障イニシアチブ」「グローバル文明イニシアチブ」に続く第四の新たな「グローバル・イニシアチブ」でしたが、この一年の世界情勢の展開を踏まえると、ますます説得力を増していることに気付きます。とりわけ、グローバルサウスといわれるアジア・アフリカ・中南米などの「途上国・新興国」の意見や利益が十分に反映されてこなかった従来の米欧中心の「世界機構」や「秩序」に対して、「共に話し合い、共に建設し、共に分かち合う」より公正で理に沿った「世界の在り方」に向けて手を携えて進もうという呼び掛けは、日に日にグローバルサウスの人々の共感を呼び起こし、時代を先導するイニシアチブとなっています。同時に、「トランプの米国」への失望によって、未来に向けての理念と行くべき道を見失いつつある欧州はじめ各国首脳がこぞって中国を目指し、習主席との会談に臨むという大きなうねりも起きています。
こうした世界の潮流に呼応するかのように中国国務院新聞弁公室は「より公正で合理的なグローバル・ガバナンス体制の構築:中国の理念、提案と行動」白書を発表しました。まだ日本語翻訳版を手にすることはできませんが、「中国のグローバル・ガバナンスに関する理念とイニシアチブ、行動を紹介し、より広範に国際社会の合意を形成し、より効果的に地球規模の課題に対応し、より公正で合理的なグローバル・ガバナンスシステムを構築するため」の「白書」だと新華社は伝えました(6月17日)。また『人民日報』掲載のコラム「和音」によれば、「今やグローバル・ガバナンス・イニシアチブは160近くの国と国際機関から支持や賛同を得ており、60数ヶ国が『グローバル・ガバナンスに関するフレンズグループ』に参加している」というのです(人民網日本語版6月18日)。
私たちが昨年秋の「高市発言」などの問題に立ち往生しているうちに、中国と世界は実にダイナミックに動いていることを知らされます。そして、はじめに挙げたピュー・リサーチ・センターの調査について報じた「ニューズウイーク」日本版の見出しが「中国への好感度『わずか11%』──世界と逆方向に進む日本人の対中認識」(ウェブ版7月17日)となっていることに、中国との関係において、世界で日本だけが孤立状態にあることを、またもや、痛感させられるのでした。
今こそ、中国が世界に先駆けて提唱し、共感の輪を広げている「グローバル・ガバナンス・イニシアチブ」について学び、認識を深めることを迫られていることを痛切に知らされるのです。世界の趨勢と大局を見失ってはならないという語り掛けが胸の裡に重く響きます。

木村知義 (きむら ともよし)
1948年生。1970年日本放送協会(NHK)入局。アナウンサーとして主にニュース・報道番組を担当し、中国・アジアをテーマにした番組の企画、取材、放送に取り組む。2008年NHK退職後、北東アジア動態研究会主宰。