全人代で新時代入りを発信 世界と共に人類運命共同体

2018-05-31 13:40:47

 

文=(財)国際貿易投資研究所(ITI)チーフエコノミスト・江原規由 

 第13期全国人民代表大会(全人代=国会に相当)第1回会議(3月5~20日)が閉幕してすでに1カ月余りたちました。全人代の最大のハイライトは、国務院総理による政府活動報告(以下「報告」)と言えますが、今年の李克強総理による「報告」は、過去5年間(2013~17年)の活動実績を総括し、中国が新時代に入ったことを内外に発信したといえます。世界を大いに意識した報告であったといえるのではないでしょうか。

 この5年間、世界は「黒天鵝(ブラックスワン)」や「灰犀牛(サイ)」の出現(注1)、保護主義の台頭と向き合ってきました。3月には、トランプ米大統領が貿易制裁措置を発動するなど、世界情勢は目まぐるしく変化しています。そんな中、中国は13年、「三共(共に話し合い、共につくり、共に分かち合う)」とウインウインを原則とする「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」構想を提起するなど、一貫してグローバリズムを擁護する姿勢をとってきています。全人代は国内外にどんなメッセージを発信したのでしょうか。

 

GDP成長率は控えめ設定

 歴代の「報告」で最も注目されるのがその年の国内総生産(GDP)の成長率予測と言えます。今年は6・5%前後となりましたが、これは過去5年間の年平均成長率7・1%(13年=GDP54兆元、17年=同82・7兆元)や前年実績6・9%と比べると、やや控えめに設定されています。その一方、中国の経済規模は世界経済の15%前後を占め、世界の経済成長率に対する貢献率では、世界トップの30%超となっています。今後、この比率はさらに高まるとみられます。控えめな成長率設定と世界経済への貢献向上が、今の中国を見る大きな視点と言ってよいでしょう。

 「報告」の最終章で、「中国は各国と人類運命共同体の構築推進のため一時も努力を惜しまない」と、世界との協力姿勢を高らかに宣言しています。この指摘は、今後ますます説得力を持ってくるのではないでしょうか。このことは、「報告」でも言及されている「一帯一路」や「国際産能合作」(注2)が大きく進展していることからうかがい知ることができます。今年ほど、世界を意識し、世界から意識された「報告」は、これまでなかったといえます。

 

特徴は民生向上への配慮

 さて、今年の「報告」の特徴ですが、まず、民生向上への言及が少なくなかったことが指摘されなければならないでしょう。例えば、教育、医療、雇用、農村、住宅、貧困、高齢者福祉などへの政府の対応策とその実績が詳しく報告されています。このうち、貧困脱却を例にとると、過去5年の年率平均で、ほぼ日本の人口の10分の1に当たる1300万人以上が貧困から脱却したとしています。中国政府は、20年に全面的に小康社会(ややゆとりのある社会)を達成すると公約していますが、その努力が着実に実を結んでいると実感できます。世界銀行が最近発表した報告によると、中国の高い経済成長と貧困の減少は「史上例を見ない」と評価しています(中国新聞網2月24日)。今年は、さらに1000万人以上の貧困脱却を実現するとしています。

 中国では、改革開放政策の過程で、すでに「温飽社会(生活に不自由のないこと)」が達成され、20年には「小康社会」が全面的に達成される見込みです。次は、改革開放の究極目標でもある「共同富裕」の実現、そして、国際的には、人類運命共同体の構築に期待がかかるでしょう。この点、習近平国家主席は、「さらなる措置で民生を改善し、社会ガバナンスを強化し、貧困脱却を成し遂げ、社会正義を促進し~中略~全人民が共同富裕の実現を実感できるようにする必要がある」とし、また「中国は引き続き積極的にグローバル・ガバナンス体制の変革に関与し~中略~共に繁栄する、開放的で包摂的、かつ、美しい世界の建設を推し進め、世界と人類運命共同体の構築実現に努力する」(第13期全人代第1回会議での講話)と発言していることからもうかがい知ることができます。

 ところで、1000万人以上の貧困脱却の難しさは、6・5%前後の成長率の達成にも当てはまります。今年の成長率予測が昨年実績(実績=6・9%、予測=6・5%前後)を下回るとはいえ、昨年実績(82・7兆元)を分母とすれば、今年の経済規模は88・1兆元と巨額となります。今年の6・5%前後の成長率は果たして可能でしょうか。「報告」では、昨年10月開催の中国共産党第19回全国代表大会(19大)で強調された高質量発展への言及が目立ちましたが、これは6・5%前後成長のためのいわば処方箋といってよいでしょう。この点、「報告」からは、供給側改革(三去一降一補=過剰生産能力・在庫の削減・デレバレッジ、コスト削減、弱点分野の補強)が進展していること、GDP成長率に対する消費の寄与率の向上(13年=54・9%、17年=58・8%)やサービス産業の寄与率(同45・3%、51・6%)が高まっていることなど、産業構造の高度化や成長パターンの転換が進みつつあることなどから、6・5%前後成長へのレールは敷かれているとみられます。

 

 

中国経済発展に政策的配慮

 ところで、今年の中国経済の行方を占う視点は多々あります。例えば、高速鉄道、アリペイ(モバイル決済)、シェア自転車、インターネット通販など中国の新4大発明の展開、人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、ビッグデータ関連などの新興(ハイテク・イノベーション関係)産業の普及、中国企業の海外進出の拡大(国際産能合作による「一帯一路」関連事業への参入など)、さらに、次代の発展を担う人材の育成・確保の行方(注3)などが指摘できます。「報告」では、こうした分野への政策的配慮と今後の発展方向がかなり具体的に示されています。これらは、今後、中国経済の発展への貢献如何はもとより、中国と世界とのウインウイン関係を構築、ひいては、中国が目指す公正で客観的なグローバル・ガバナンス形成の行方を見る重要な視点となるのではないでしょうか。

 

改革深化と開放拡大を宣言

 全人代で国務院機構改革方案(注4)が採択され、憲法改正案が可決されるなど、国家の命運・行方に関わる重要事項が審議されました。前者は1978年の改革開放以来8度目の改革であり、時代のニーズに合った国務院機構の再編・スリム化(15の国務院正・副部級機関を削減)が決定されました。この改革に対し、中国では「発展所需、基層所盼、民心所向(発展の必要に即した、現場が切望する、人心の向かうところ)」の改革と受けとめられています。憲法改正について、習主席は「中国の現行憲法の一部改正は党中央が新時代における中国の特色ある社会主義の堅持・発展の全局的・戦略的観点から行った重大な決定であり、全面的な法に基づく国家統治を推進し、国家ガバナンスのシステムと能力の現代化を推進する重大な措置でもある」と強調しています(3月7日、広東省代表団の審議に参加した際の発言)。

 今年の全人代の会期はここ数年で最も長く、議題の多い大会であったとされています。今年は、改革開放40周年です。全人代は改革深化と開放拡大に向けた大会であったと総括できるのではないでしょうか。

 

 

1  起こりえないことが発生することなど

2  外資と連携した産業輸出など 

3  中国は「国際人材ネットワークの中心となっている」(日本文科省審議官の発言、人民網3月20日)

注4  放管服改革(行政のスリム化と権限委譲、緩和と管理の結合、サービスの最適化)の深化など

関連文章