中米貿易摩擦緩和の兆し 子年のキーワードは「穏」
2020-02-27 16:33:33
江原規由=文
今年は子(ネズミ)年です。前回の子年(2008年)はリーマン・ショックの発生で世界経済が停滞しましたが、中国が4兆元の積極的財政政策で中国と世界経済の安定に貢献してきたことは周知の事実です。同じ子年だからというわけではありませんが、世界経済・貿易への影響という視点から見てリーマン・ショック以上ともいわれる昨今の保護貿易主義、一国主義の台頭に対し、中国は一貫して多国間貿易主義路線を主張し、世界経済の安定・発展を支える姿勢を取ってきています。そんな中、昨年12月13日、同年3月来エスカレートしてきた中米貿易摩擦で、両国政府は貿易協議の「第1段階」(農産品など貿易拡大、知的財産権保護、技術移転問題、金融サービス、為替、貿易拡大など)で正式合意したと発表しました。その要点は、米国が同月15日に予定していた対中追加関税の発動を見送る一方、中国は米農産物の輸入を拡大していくこと、「第2段階」の合意に向けた交渉を直ちに開始するとしています。条件付きではありますが、「第1段階」での合意により、戦争とまで言われる両国の貿易摩擦に収束への方向性が示されたとする識者は少なくありません。
「ミッキーマウス」登場を
さて、日本同様、中国でも年末恒例の①国内および世界関連の漢字(字)・ワード(詞)②流行語③新語④ネット用語が発表されますが、昨年は中米貿易摩擦関連がそのいずれの上位にもリストアップされました。例えば、中国で選ばれた世界関連の昨年のワードは「貿易摩擦」でした。新語では3番目に中米貿易摩擦がらみの「極限施圧」(貿易覇権の維持のために相手に最大限の圧力を加えても何ら問題の解決にならないこと)がリストアップされています。この点、新華網(昨年7月17日)は、見出しで「譲『投降論』成為過街老鼠(投降論の弱音を追い払え)」と報じていました。「過街老鼠」とは、「皆に追い回されて通りを走り抜けるネズミ」のこと、すなわち、「見たくないもの、不要なもの」の例えで、中米貿易摩擦に対する国内の消極論者、逃げ腰の人などを指しています。貿易摩擦には「国を挙げて」の結束を促したということでしょう。
「第1段階」の貿易合意発表から1週間後の同月20日、中米両国首脳は電話会談で、トランプ大統領が「米国は中国と密接な意思疎通を保持し早急なる決着を期待する」としたのに対し、習近平国家主席は、「中米両国のこうした協議は、中国、米国、全世界の平和と繁栄に有利である」と応じたと報じられました(新華網、昨年12月20日)。子年に持ち越された「第2段階」の貿易協議では、「過街老鼠」ではなく、誰からも好まれるディズニーのミッキーマウスの登場となってほしいものです。
中国のくしゃみで世界が風邪
貿易摩擦、保護貿易主義、一国主義の台頭など多国間貿易体制への挑戦が続く中、これらが世界経済や中国経済に及ぼす影響を客観的に数値化することは簡単ではありませんが、国際通貨基金(IMF)の昨年と今年の最新国内総生産(GDP)成長率予測(昨年10月15日公表)はそのヒントを提供してくれているようです。それによると、世界(昨年=3・0%、今年=3・4%)、うち先進国(1・7%、1・7%)、欧州連合(EU)(1・2%、1・4%)、新興国(3・9%、4・6%)、東南アジア諸国連合(ASEAN)5カ国(4・8%、4・9%)、米国(2・4%、2・1%)、日本(0・9%、0・5%)、そして、中国(6・1%、5・8%)となっています。IMFは、年に数回各国・地域のGDP成長予測値を発表していますが、最新値は前回の予測値からほぼ軒並み下方修正されています。GDP成長率では、今年の世界経済成長率(3・4%)は昨年実績を上回ると予測していますが、金融危機直後の09年のマイナス0・1%(08年3・0%)以来、10年ぶりの低い伸び率となっており、IMFは、その主因を中米貿易摩擦による世界的な貿易減速、設備投資鈍化のためとしています。ちなみに、国連貿易開発会議(UNCTAD)によれば、昨年の世界物品貿易は前年比2・4%減、サービスは同2・7%減と予測しています。
そんな中、中国は相対的に高い成長率となっており、世界経済の成長率に対する中国の寄与率(約30%)では依然、世界最高を維持しています。ここ数年来、「中国経済がくしゃみをすると世界経済が風邪を引く」と世界のマスコミが報じるゆえんといえるでしょう。ところで、このフレーズの主語は、長いこと中国でなく米国でした。今や世界は中国経済の行方により注目し期待している、ということの表れではないでしょうか。
中国国家言語資源観測・研究センター、商務印書館などが昨年12月20日、北京で「2019年の漢字」を発表し、「穏」が昨年の国内漢字に選ばれた(cnsphoto)
新発展理論を堅持、推進
昨年12月10〜12日の3日間、中央経済工作会議(以下、会議)が開催されました。毎年12月に開催されるこの会議は、党と政府がその年の経済活動を総括し、当面の経済情勢を分析し、翌年の経済政策を決定する経済関連で最高レベルの会議であり、特に昨年は中米貿易協議が佳境に入りつつあった中での開催であったことから、以前にもまして内外から大きく注目されました。
会議では、国内外のリスク・挑戦がはっきりと上昇しているとした上で、中国経済は「穏中求進(安定発展、GDPは内需主導で成長率6・0%から6・5%、健全金融、積極財政など)を総基調、供給側構造改革(国有企業改革、民営企業、新興・戦略・デジタル・サービス産業の育成、発展でフルセット産業構造の再構築など)を主軸、「小康社会の全面的完成」を任務とし、高品質(ハイ・クオリティー)発展(人材、科学、イノベーションの活用など)と新発展理論(イノベーション、協調、エコロジー、開放、共有)を堅持、推進し、その具体策としての「6穏」(後述)を全面推進するとした重要演説・方針が発表されました。このうち、総基調の「穏中求進」と「6穏」には、前述の中国の昨年の漢字(国内関連)に輝いた「穏(安定)」がついています。「穏」の一字は、昨年の中国の経済、社会の発展における中国の姿勢を示すキーワードといえるでしょう。ところで、総基調の穏中求進には、「穏」と「進」といった対立するともいえる2字が入っていますが、この点、新発展理論と高品質発展の推進で両者を使い分けるということではないでしょうか。穏中求進とは、中国経済の現実を見据えた実にスマートな表現といえるでしょう。
さて、「6穏」ですが、就業、金融、貿易、外資、投資、予測の安定のことです。昨年も経済政策の要点でした。今年は、世界も注目する「小康社会」の実現という節目の年であることから、民生向上、すなわち、「衣」「食」「住」「行(旅行・娯楽など)」「用(消費・支出・投資、特に教育、健康、少子高齢化・貧困対策など)」での発展・成果に国内外の関心が集まるのではないでしょうか。「百年未有(過去百年間なかった)」と形容される現下の世界の変革期に、こうした施策が、中国経済に「くしゃみをさせず」、世界経済に「風邪を引かせない」処方箋となることを期待したいものです。
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