ワクチンは世界の公共財に 全人代で李克強総理が強調
江原規由=文
日本では、5月25日に新型コロナウイルス感染症(以下、感染症)に関わる緊急事態宣言が約7週間ぶりに全面解除となりました。解除は終結ではなく、感染症への臨戦態勢は今後も続くわけですが、国境なき感染症戦で何より肝要なのは国際連携・協力であることは言わずもがなでしょう。中国は感染症との熾烈な闘いをいち早くほぼ制し、その中国方式を世界に提示してきています。習近平国家主席は、第73回世界保健機関(WHO)総会のビデオ会議開幕式の式辞(以下、式辞)で、「中国は一貫して公開、透明、責任ある態度でWHOおよび関係各国に感染症情報を通報してきている」と国際連携・協力の一端に言及しています。何より、式辞のテーマが「団結・協力して疫病に打ち勝ち、人類衛生健康共同体を共に構築しよう」であったことが、感染症に対する国際協力の重要性を如実に物語っているといえるでしょう。
式辞では、国際協力の要点として、①ワクチンや治療薬の開発・実用化②WHOのリーダーシップの発揮③アフリカ諸国への支援④国際公衆衛生ガバナンスの強化・改革⑤経済社会発展の回復、そして、⑥中国が希求する人類運命共同体の構築が強調されています。実際、その最後の部分で、2年以内に感染症の影響を受けた途上国などに20億㌦の国際援助を提供すること、ワクチンの完成後、世界の公共財とし世界使用を可能にする、などと具体的対応策を掲げ、「共に人類衛生健康共同体を構築しよう」と締めくくっています。感染症の第2波、第3波の襲来が懸念される中、国際公衆衛生ガバナンスをどう構築していくのか、第1波の矢面に立ってきた中国の対応に期待している国、人々は少なくないはずです。
感染症関連での中国の対外支援(一部、5月下旬時点)
・約150カ国、4国際組織に緊急援助を提供
・緊急性の高い24カ国に26医療専門家チームを派遣
・マスク(568億枚)、防護服(2億5000万着)などを輸出・提供。このうち、米国にマスク120億枚(1人当たり40枚)
不確実性高く成長率示さず
感染症の影響で開幕が延期されていた第13期全国人民代表大会(全人代)第3回会議が5月22日に開幕しました。その席上、李克強総理が行った政府活動報告(以下、報告)で例年恒例の経済成長率の目標値が提示されなかったことが大きな話題となりました。李総理はその理由を「新型コロナウイルス感染症と経済・貿易の情勢においては不確実性が非常に高く、わが国の発展がいくつかの予測困難な要因に直面している」ためとしています。国際化が急展開し、グローバル産業・サプライチェーンの一角を担う中国経済は、世界経済に大きく影響すると同時に強く影響も受けます。感染症の襲来で各国・地域の経済見通しが極めて不確実になりつつある中、経済成長率の非発表は、むしろ、経済大国としての責任ある姿勢と見るべきとする識者が少なくないようです。ただ、報告では、例えば、「六つの安定化」や「六つの保障」(注1)などにおける目標設定(下記)に言及しているので、そこから今年の中国経済の行方を読み取ることができるでしょう。
・都市部新規就業者900万人以上
・都市部登録失業率5・5%前後
・消費者物価上昇率3・5%前後
・積極的財政政策
財政赤字の対国内総生産(GDP)比3・6%以上
財政赤字の規模を前年度比1兆元増
感染症対策特別国債を1兆元発行
・小康社会(ややゆとりのある社会、今年が実現年)の進ちょく状況
・貧困脱却の現状ー改革開放の40年間に8億5000万人、昨年は1100万人余りの貧困人口が減少、世界の貧困減少貢献率70%超など
今年の全人代の会期が歴代2番目の短さであったこと、報告が近年最短(1万字余り)であったことも話題となりました。この「二つの短さ」は感染症による影響もさることながら、転換期にある世界の変化をも映し出しているようです。
巨大な市場潜在力がけん引
さて、感染症については、報告のいたるところで言及されていますが、中国経済発展の可能性につき、李総理は「現在と今後の一時期、わが国の発展はこれまでにないリスクと挑戦に直面することになろう。しかしながら、われわれには独特の政治的・制度的優位性、厚い経済的基盤、巨大な市場の潜在力、億万の人民の努力と知恵がある」と強調していますが、中国経済の核心を端的に言い得ているとみられます。見方を変えれば、世界に類のない社会主義市場経済、世界唯一の中国のフルセット産業構造、世界最大の市場、世界最多の人材・労働力資源の存在がリスクをチャンスに変え中国経済の発展をけん引する原動力となっていることを深読みさせてくれるようです。
この点、注目すべきは、今回の報告で初めて登場した「両新一重」建設です。「両新」とは、新インフラ整備(デジタル経済の発展、経済・社会のオンライン化へのプラットフォームづくり、「両新一重」の核心、本誌6月号参照)と新型都市化(スマート都市化、小康社会実現への布石)を、「一重」とは重大工事(交通、水利など伝統的インフラ整備)を指します。これまで中国は時代を画する大構想、大プロジェクト(改革開放政策、社会主義市場経済、宇宙開発、高速鉄道建設、「一帯一路」など)を発案・実践し、世界経済における中国のプレゼンスを向上させてきました。経済社会のデジタル化、オンライン化の環境整備、総じて、第4次産業革命の行方と密接に関わっている新インフラ整備(下記)もその例外ではないはずです。
デジタル化、オンライン化の血管ともいえる第5世代移動通信システム(5G)で世界をリードする中国が、報告で世界とハイレベルの共同建設を行うとしている「一帯一路」の「五通事業」(注2)で新インフラ整備を国際展開する可能性は極めて高いとみられます。新インフラ整備と「一帯一路」の組み合わせには、新たなビジネス圏を創出し、近い将来、例えば、日本と中国の第三国市場協力推進への布石となる可能性が秘められているのではないでしょうか。
・2020〜25年の5Gネットワークの投資額は1兆7000億元(関連投資額3兆5000億元、経済効果8兆元、雇用創出300万人と推定、1元=約15円)
・新インフラ整備に地方政府特別債券 (今年3兆7500億元)の一部を充当など
4月中旬、武漢で行われた、220人余りのボランティアが参加した世界初の新型コロナウイルスワクチンの第2期臨床実験(cnsphoto)
CPTPPに積極開放姿勢
世界は中国の感染症対応、全人代をどう見ているのでしょうか。この点、全人代閉幕日(28日)に開催された記者会見での内外の記者の質問事項(要点は下記)に垣間見られるのではないでしょうか。
①経済成長率の非提示②新型コロナウイルスの発生源調査③経済政策・支援規模④両岸関係⑤就業見通し⑥「一国二制度」・国家安全法制⑦中米関係⑧「稳」と「保」⑨日中韓自由貿易協定(FTA)、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定、TPP11)⑩貧困脱却・民生⑪外部情勢変化など。
筆者が注目したのは、米国が抜けたTPPの後継版ともいえるCPTPPへの中国の参加可能性を質問した記者に対し、「中国は積極開放の姿勢にある」とした点です。国際公衆衛生ガバナンスや国際経済ガバナンスの改革を提起している中国の姿勢にブレがないことを、李総理の回答が代弁しているといっても過言ではないでしょう。
注1 雇用、金融、貿易、外資、投資、見通しの安定化と住民雇用、基本的民生、市場主体、食糧・エネルギー安全、産業チェーン・サプライチェーン安定、末端の行政運営の保障。
注2 政策協調、インフラ整備、貿易円滑化、資金確保、文化交流など。