感染症克服へ中国モデル 中米関係にも変化の兆しか

2020-08-10 16:49:50

江原規由=文

 1978年、中国が改革開放政策を採用して以来、世界経済は、97年(アジア通貨危機)、2008年(リーマンショック)、そして、最近の新型コロナウイルス感染症の世界的まん延(グローバル産業・供給チェーンの機能停滞)、18年4月頃から激化した中米貿易摩擦など何度かの危機(リスク)に見舞われてきました。中国はそのいずれにも、「ストップ・ザ・リスク」役を演じてきています。こうした世界的リスク発生の背後には、国際経済およびグローバルガバナンス改革の遅れ、現在の第4次産業革命期におけるリーダーシップの不在があるのではないでしょうか。

 

示唆に富む海南自由貿易港

 注目すべきは世界経済における中国のプレゼンスに変化が出ていることでしょう。世界貿易について見ると、19年の中国の主要貿易パートナー(国・地域)は、欧州連合(EU)、東南アジア諸国連合(ASEAN)、米国、日本の順でしたが、今年1~5月では、ASEAN(前年同期比4・2%増の1兆7000億元、中国貿易総額の14・7%)がEU(それぞれ、同4・4%減の1兆6000億元)を上回り、中国最大の貿易パートナーとなったことが指摘できます。新型コロナウイルス感染症の影響もありますが、一過性の現象ではなく、今後中国とASEAN、総じて、アジアとの経済交流が拡大、高度化する前兆といえるのではないでしょうか。

 この点、今年6月1日、党中央と国務院が発表した「海南自由貿易港建設総合方案」が示唆的です。同方案では、南中国海に面している海南島を関税ゼロの自由貿易港とする計画が進められており、25年までに海南島のビジネス環境を中国国内の一流レベルとし、35年までに海南自由貿易港を中国の開放型経済の「新たな高台」に到達させるとしています。「新たな高台」への到達は、新型コロナウイルス感染症の教訓が生かされ、かつ、海南島の特徴が反映された「海南国際医療観光先行区」の設置、同先行区関連の高級管理人材の招聘(国内外)などを通じ、養老、介護、レジャー、安全農業といった医療と観光に関わる時代的プロジェクトの行方にその多くがかかっているといえます。

 自由貿易港といえば、香港が代表的ですが、海南島(省)は東南アジアから至近距離にあり、かつ、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や日中韓自由貿易協定(FTA)の構築が期待される中、海南自由貿易港の建設で中国とアジア、とりわけ、ASEANとの経済交流の緊密化、発展に有利な条件を整えつつあるといえるでしょう(注1)。総じて、世界の経済地図の一部が塗り替えられようとしているといっても過言ではないでしょう。

 

世界経済を占う中国・EU

 今年で外交関係樹立45周年となるEUとは、6月22日、習近平国家主席、李克強総理が、シャルル・ミシェル欧州理事会議長、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長とテレビ会議形式で首脳会議を開催しました。習主席は「世界の2大パワー、2大市場、2大文明である中国とEUが何を主張し、何に反対し、何で協力するかには世界的意義がある」とし、グローバルな試練(筆者注 : 新型コロナウイルス感染症など)や対アフリカ三者協力などに共同して対処する必要性、安定かつ滞りのないグローバル産業チェーン・サプライチェーンの維持の必要性を強調、李総理からは、包括的で釣り合いの取れた高水準の投資協定協議の年内決着や中欧地理的表示協定の早期締結を目指す決意が表明されました。ミシェル議長とライエン委員長からは、貿易、投資、デジタル経済や多国間主義、自由貿易の共同維持など双方の実務面での協力強化につき意見が出されたと報じられています。このうち、第4次産業革命や国際経済ガバナンスの形成に大きく関係すると見られるデジタル経済分野における協力の促進、投資協定の進捗は今後の中欧関係、世界経済の行方をも占う重要な視点になるといえるでしょう。

 

5Gで中米協力構築を模索

 さて、米国とは、貿易摩擦や感染症への対応で立場や主張の相違ばかりが目立っていますが、そんな両国関係にも変化の兆しも見て取れます。例えば、今年4月、中国が再び米国の最大の貿易パートナーに返り咲いたことが指摘できます(注2)。貿易の月例データは変動が大きいことから、単月での経済・貿易交流の回復傾向が一過性のものなのか、増加傾向への積極的なシグナルとなるのかは、中米貿易摩擦に関わる「第1段階の合意」の履行状況、感染症で分断されたグローバル産業チェーン・サプライチェーンの回復、米国の大統領選挙結果など内外要因の今後展開によるところが少なくないことは言うまでもありません。

 さらに、中米経済・貿易関係の行方を見る視点として注目すべきは、6月15日、米国商務省が米国企業に第5世代移動通信システム(5G)の標準設定で中国を代表する通信機器大手メーカーの華為(ファーウェイ)との協力関係の構築を認める新たな規定(これまで米国企業が同社と接触する際求められていた許可証の取得が不要となったことなど)を公式発表したことが指摘できます。同社は「われわれは米国企業を含む技術同業社と新技術の標準につき率直で誠意をもって議論と交流を行い人類社会の技術進歩に貢献したい」との声明文を発表しています。5Gといえば、現在進行している人類の未来を劇的に変えるとされる第4次産業革命の中核技術であり、同社が世界をリードしているとされています。今後、どんな協力関係が構築されるのか、国際経済ガバナンスの行方を見る大きな視点でもあります。また、6月、アメリカンエキスプレスの合弁会社である連通(杭州)技術服務有限公司が中国で銀行カード決済サービスを行う許可を得たことも注目されるでしょう。現地通貨での取引処理が認められたのは外資系の決済ネットワークで同社が初めてです。さらに、6月16日から17日にかけてハワイで行われた楊潔篪党中央政治局委員とポンペオ米国務長官との7時間に及ぶ会談で、「双方は中米関係と国際・地域問題などにつき踏み込んだ意見交換を行った。両国首脳の共通認識をしっかり実施していくことで合意に達した」との表明があったと報道されています。中米両国の経済関係には紆余曲折を経つつもリスクをチャンスに変えようとする力学が内包されていると見られるのではないでしょうか。

 

7月1日から海南省を訪れた観光客の年間免税額は10万元(約150万円)に増え、新たにスマートフォン、タブレットPCなど7品目が追加された。初日からにぎわうアップルのカウンター(cnsphoto)

 

期待されるテレビ首脳会議

 さらに、世界経済における中国の新たな変化を見る視点として、6月に北京で開催された①「一帯一路」国際協力ハイレベルテレビ会議(6月18日)②中国・アフリカ団結防疫特別サミットテレビ会議(6月17日)などが指摘できます。両会議の共通項は感染症対策を前面に押し出している点です。前者では、健康シルクロード建設が強調され、後者では、テーマが、「団結してウイルスと闘い今の難局を勝ち抜こう」でした。

 感染症は世界に多くの禍根を残しましたが、TV首脳会談やTVサミット開催で首脳同士が頻繁に議論する新たな機会を提供したとも見られます。国際的課題への対応において世界的コンセンサスを早急に確立する上での新たなルート、新たな中国モデル(注3)になることを期待したいものです。

 

1 今日、東南アジアにおける中国の政治的実力と影響力は米国とほぼ拮抗しているが、10年以内に米国を超えることになろう(『ザ・ディプロマット』 20年6月16日)。

2 フォーブス・バイウイークリー・ウェブサイト 20年6月4日。

3 6月15日にオンラインで開催された第127回広州交易会などの例もある。 
関連文章