バス車内外に丁寧な気配り 天安門前を走る女性運転手

2023-01-17 15:28:58

高原=文

鍛錬と経験で花形バス運転手に 

朝4時、常さんは老山バスターミナルの管理室に出勤後、鍵を受け取ってバスの点検・消毒・車内掃除を済ませてから、その日の運転業務に取り掛かる。「バスを運転しながら空が白んでいく様子が見られるから、早番は好きです。特に冬の3、4時はまだ真っ暗で、日が昇る中を運転していると、朝日に向かって進んでいる感じがして特に晴れ晴れとした気分になります」 

常さんとバスとの縁は幼少期にまでさかのぼる。生粋の北京人の彼女は子どもの頃から道路を走る自動車を眺め、大型バスは特に迫力があると思っていた。「いつかこんな立派な乗り物を運転できる日が来ればどれだけすごいだろうか。しかも女性が運転するならもっとかっこいいはずだ」と考えていた。 


「大1路線バス」を運転して天安門広場のそばを通る常さん(写真・陳建/人民画報)

1995年、17歳の常さんは北京公共交通集団(北京公交)の乗務員となった。その5年後に大型バス免許を取得して、翌年にバス運転手となった。一人でバスを運転できた日のことを彼女ははっきり覚えている。2001年4月10日の朝、彼女は始業2時間前に出勤し、早番から戻ってきた同僚たちを見掛けると、その日の道路状況と注意点を事細かに尋ねた。 

当時、体重40㌔ほどしかなかった常さんにとって、路線バスの運転は大変だった。「運転を習い始めた頃、ハンドルにパワーステアリングがなかったので、カーブを曲がるときは自分の腕の力か、または体をかがめて腰の力を使ってハンドルを回さなければいけませんでした。腕に力を込めないと、あれほど大きい車を操作できなかったんです」。当時は女性のバス運転手があまり多くなく、社内のベテラン運転手は常さんの運転を見ていつもヒヤヒヤしていたという。「バスの大きな座席と比べて私は小さく痩せていたので、対向車には、運転手が見当たらないから無人運転に見えたでしょう」と常さんは思わず笑いながら当時を振り返る。「力がないならどうすべきか?鍛えるしかありません。先輩から、水を入れたタライをハンドルに見立てて、右足を宙に浮かせて片足立ちしたら運転時と変わらない状態になると教わりました。最初は数秒間しか持たず、腕も筋肉痛になりましたが、しばらくすると筋肉がついてきました」。腕力が強くなっただけでなく、右足だけでアクセルとブレーキペダルを踏む力加減も習得した。「足の力加減をうまく把握できていないと、運転しても車が揺れて、バス運転手として失格です」 

努力は実を結ぶという言葉通り、体を鍛え経験を積み重ねた結果、常さんの運転技術と安定性ははるかに向上した。10年、北京市で開かれた第1回職業技能大型バス運転手コンテストにおいて、彼女は8000人以上の選手の中で頭一つ抜けた実力を発揮し、各種目成績を合計した結果、トップ10入りを果たし、上級運転手として認められた。なお、トップ10で女性は常さんだけだった。 

「これが励みになりました」と常さん。「仕事はごく普通でも、並外れた業績を残せるのです」 

14年に常さんは337番路線から1番路線の担当になった。初めて「大1路線バス」を運転して天安門広場を通過したとき、とても感動したという。「大1路線バス」は北京公交の手本であり、全国の交通業界の模範でもある。常さんはこの路線にある55の交差点と28の信号機の場所を頭にたたき込み、路面のマンホールのふたの数すら把握している。マンホールが多い道路を通る際には、対策を講じて乗客に大きな揺れを感じさせないようにしている。 

今日まで常さんは21年間安全運転を守り、その走行距離は50万㌔以上に及ぶ。細かった腕も今ではたくましい上腕二頭筋となり、手のひらも以前のような柔らかさは残っていない。 


運行前に身だしなみを整える常さん。ボタン、ネクタイ、党の徽章など毎回少しもおろそかにしない(写真・董芳/人民画報)

 

バスから見える暮らしの向上 

5年間乗務員として働き、21年間運転してきた常さんは路線バス車両の代替えを何度も見てきて、北京の公共交通の飛躍的な発展も実感した。路線バスがマニュアル変速から無段変速になったことで、運転手の疲労も大幅に減り、道路状況の把握にいっそう力を割けるようになり、乗客の安全もさらに保障された。そして17年には第1弾の「チャイナレッド」カラー、全長18㍍のピュアEVの連節バスが1番路線に投入された。流線型のデザインが空気抵抗を極限まで減らし、省エネかつエコで、走行時も静かで安定している。チタン酸リチウム二次電池によって、1往復運行するごとに一度充電するだけでよく、時間も15~20分で済む。 

公共交通サービスのデジタル化の応用は運転手にも有利に働いていた。スマートフォン(スマホ)に「公共交通スマートアシスタント」アプリをインストールすれば、発車時刻と車両の状態をいつでも確認できる。車に搭載したアクティブ安全早期警戒システムによって、交通事故を最大限防げる。事故が起きても、直ちに警察へ通報し、管轄エリアセンターに連絡がいくようになっている。スマートバス停と北京公交アプリによって、乗客はバスの到着時刻をいつでも確認できるので、より綿密な外出の段取りを立てられる。 

科学技術の発展のおかげで、自分ができることがさらに増えたと常さんは考える。19年、「洪霞イノベーションスタジオ」のリーダーになった彼女は、チームを率いてクーラントタンクユニット、バス運転手向け基本操作ボイスプロンプターなど20以上の成果を出した。「昨年開発したボイスプロンプターは、運転手が鍵を回してエンジンをかけたときに、運転手に『シートベルトを締め、安全運転を心掛けてください』と音声で伝えます。私たちの発明は大きな科学研究・イノベーションと同列に扱うことはできませんが、実用という面では利用者が便利に感じ、価値が認められていると思っています」 


四恵バスターミナルで列になって発車を待つチャイナレッドカラーの「大1路線バス」(写真・陳建/人民画報)   

路線バスが進化し続けるのなら、サービスも向上させ続けなければならない。運転手として常さんは目の前の道路状況に注意するだけではなく、後ろにいる乗客のニーズにも関心を払っている。長い時間待たされて、乗車時に文句を言う乗客に対してはいつも笑ってこうなだめる。「先ほどの渋滞でお待たせしてしまって本当に申し訳ありません。座席が空いているので、席に着いてはいかがでしょう」 

彼女のバスは乗客に向けた「ぬくもりボックス」をいち早く設置した。中にはモバイルバッテリー、ビニール袋、ティッシュ、使い捨てレインコート、マスクなど20種類以上の緊急用物資が入っていて、利用率が一番高いのがモバイルバッテリーだ。子ども用のおもちゃもあり、泣き止まない子どもがいたときに乗務員が箱からぬいぐるみを出してあやす。 

「大1路線バス」が走る道路には多くのランドマーク的建築物や観光スポットがあるため、常さんや同僚は車内で観光ガイド的なアナウンスも提供できる。「その路線にどういった乗り換えのバス停や観光スポット、買い物スポットがあるのかをしっかり覚えれば、乗客の質問に対して正確に答えられるようになります。北京にはたくさんの路線バスがありますが、『大』とつくものは1番だけです。より進んだサービスの基準で働いて、普通とは異なる体験を乗客に提供しなければいけません」。この2年間、アナウンスの内容には国家博物館の展示内容、国家大劇院の演目なども加わった。春節(旧正月)や中秋節といった中国の伝統的な祝祭日に、乗務員がそれにまつわるエピソードを語ることで、車内の「ぬくもり」を増して、運転手と乗客の距離を縮める。今では北京観光に来た人々の多くが、「大1路線」に乗るのを定番コースに組み込んでいる。 

今年10月に開催された中国共産党第20回全国代表大会で、共産党員の常さんは現場で働く党代表として、全国各地、各業界から集まった党代表と共に、国家の未来の発展のために提言を行った。「長年培った仕事の経験とサービス理念をより多くの人と分かち合う責任があります。全ての出発点は、人々により良いサービスを提供するためです。今後、新時代の公共交通の発展の需要に合わせ、モビリティー(移動)に対する人々の幸福感と安全感を高めるよう同僚と共に努力していきます」 

北京の1番路線バスは西の老山バスターミナルを出発し、長安街の直線道路とその先をずっと東に進み、四恵バスターミナルまで運行する。その距離は27・1㌔で、途中に28のバス停、大小合わせて55の交差点、28の信号機があり、運行時間は70分余り。北京に古くからある路線を走る1番バスは国家大劇院、天安門広場、国家博物館など北京の代表的な建築物や観光スポットの近くを通過し、さらに全長18㍍以上の車体によって、北京の人々から親しみを込めて「大1路線バス」と呼ばれている。 

常洪霞さんは2014年からほぼ毎日「大1路線バス」を運転して特別な路線を日に2、3回往復する中で、北京の公共交通事情の日進月歩の変化を見る一方、平凡だが充実した人生を紡いでいる。 

 

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