蹄音とどろく草原の記憶 陶片が開いた古代の地平

2025-09-24 14:26:00

内蒙古大草原の南東部、吉林省と遼寧省に隣接する通遼市。かつては「馬の腹帯」を意味するモンゴル語「ジェリム(哲里木)」の名で知られ、清代には十旗会盟の政治の中枢でもあった。東北地方に隣接するせいか、ここの人々にはどこか開放的でユーモアに富んだ気質がある。あまり知られていないが、この地には中国文明の古層が色濃く刻まれている。西遼河流域には先史文化が栄え、馬具作りの伝統技術は何世代にもわたって受け継がれてきた。 

動と静が織りなす草原のリズム

通遼市の最北端、ホルチンゴル(霍林郭勒)市の西北45に広がるエルン(額侖)草原は、面積805平方におよぶ山地草原だ。初秋の草原には、深緑の草の波に温かな栗色が差しはじめ、低湿地には紅色に染まったアッケシソウが群生する。そこに突然、馬の蹄音が響き、湿地にたたずんでいたアネハヅルが驚いて飛び立った。馬にまたがっているのは地元の牧民バートルさん。水辺を通るたび、馬蹄から跳ねた水しぶきが朝日にきらめく。「子どもの頃、この場所で父さんが馬の扱いを教えてくれたんです」。バートルさんは手綱を引いて馬を止め、同乗していた観光客に笑顔で語る。「今はこうして、草原を訪れた人たちに牧民の暮らしを体験してもらっています」。そう言って馬から軽やかに降りると、優しく観光客を馬から下ろしてあげた。 

草原の天気は気まぐれだ。朝には抜けるような青空が広がっていたのに、昼過ぎにはあっという間に雨雲が広がり、小雨が降り始めた。だが面白いことに、近くの丘には、ぽつぽつと降る雨の中じっと立ち尽くす羊の群れがいた。まるで彫刻のようだ。「これが羊の知恵なんです」とバートルさんが説明する。「羊毛の油脂とうろこのような構造が雨をうまく流すから、小雨くらいならじっとしてるだけで中までは濡れない。内側は乾いたままで、ちゃんとあったかいんです」 

雨の中でじっとしている羊たちとは対照的に、少し離れた斜面では、草をはんでいた馬たちが雨粒を感じると、一斉に厩舎に向かって走り出した。たてがみをなびかせ、雨を飛び散らせながら駆けるその姿は、まさに「万馬奔騰」。そのダイナミズムと静かな羊のたたずまい。晴と雨、動と静――草原はその全てを受け止め、四季を巡る大きな時間の中で、人々の心を引き付けてやまない。 

鞍に宿る千年の知恵 

通遼市の南東部に位置するコルチン(科爾沁)左翼後旗。その文化館では、トゥグドンバイイさん(77)が床に腰を下ろし、手回しの糸車で馬のたてがみをきつくひねり上げ、縄を作っている。そばでは何人かの弟子たちが、息をのむようにその手さばきを見守っている。 

トゥグドンバイイさんは、蒙古族の馬具製作技術における3代目の国家級無形文化遺産の伝承者だ。彼が指差したのは、部屋の隅に置かれた鉄製のラック。「この馬具作りの技術は、千年もの間、変わっていないんだ」。ラックには数十本の毛の手綱が掛けられ、柔らかな光を放っていた。 

「馬上の民族」と呼ばれる蒙古族にとって、馬は道具であり、相棒であり、家族でもある。その馬と人とをつなぐのが、馬具。馬具は単なる道具や工芸品ではなく、千年にわたる遊牧文明の結晶であり、「神射手」を意味する「コルチン」の名が示すように、人馬一体の歴史を物語っている。 

窓辺では、トゥグドンバイイさんの妻ナリさんが銀の針を操り、染色した馬尾の毛を糸にして、濃紺のビロードに複雑な唐草模様を刺しゅうしていた。「馬の尾毛で縫えば、百年経っても色褪せないのよ」と言いながら作品をかざす。その緻密な刺しゅうは鞍の装飾として美しさを高めるだけでなく、騎手の身分や格を象徴し、平安を願う祈りの意味も込められている。 

蒙古族の馬具製作には、木工、金属彫刻、革細工、刺しゅう、宝石の装飾といった五つの技術が融合している。それぞれが独立した無形文化遺産に当たるほどであり、いずれの工程にも、遊牧の民が過酷な自然と共に生きてきた知恵が込められている。 

トゥグドンバイイさんが鞍に手を置きながら語る。「鞍の背は、ラクダのこぶのように丸くしなやかじゃなきゃいけない。この部分を、ちょうど爪一枚分だけ高くするんだ」と指を立てて示す。「そうすれば、馬で30里(約15)走っても足がしびれない」 

展示室には完成品の馬具が並ぶ。彼は鞍の骨組みを軽くたたいた。くぐもった音が重みを伝える。「この木は、地元産のヤナギ。繊維が詰まってて丈夫なんだ。陰干ししてから湿ったフェルトで包み、3カ月かけて『木を目覚めさせる』。そうすると、冬はマイナス30度、夏は30度超の厳しい気候にも耐えられる。割れもゆがみもしないよ」 

だが、時代の波は容赦ない。バイクや車の普及で馬の出番は激減し、旗内の馬具職人はかつて百人以上いたのが、今では十人にも満たない。「若い子たちは『ハラガ』(鼻革)と『ジェレ』(頬革)の区別もつかないんだ」と、トゥグドンバイイさんはバケツから牛乳で「熟成」させた革を取り出しながら、寂しげに語った。 

それでも、守り継ぐ火は消えていない。コルチン左翼後旗では定期的に馬具製作の研修が行われており、「年に14回、それぞれ1週間で、職業学校の学生や一般の愛好家を対象にしている」と語るのは、隣で帯革の編み方を教える長男の胡長明さん。彼は父から技を継ぐ4代目の伝承者だ。「1日200元の食費宿泊補助も出るんだよ!」と、横から作業中の若者が声を上げる。彼は皮槌を使い、革に立体的な雲模様を打ち出していた。 

伝統を現代にどう届けるか――。「先祖の知恵を、もっと多くの人が好きになり、使えるようにしなきゃ意味がない」と胡さんは言う。彼は馬鞍をモチーフにしたキーホルダーや、あぶみを模したしおりなどのクリエーティブグッズを開発。伝統的な馬具をそのまま縮小した卓上の装飾品も製作している。こうした手作りの品々は、注文に応じてカスタマイズもでき、ネットショップを通じて世界中に届けられている。遊牧民族の知恵は、こうしてより広い世界へとその息吹を伝えているのだ。 

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