満開の桃の花

2022-10-01 17:19:32

 

丘玲美=文 

鄒源=イラスト 

日が傾きかけたころ、沈碧は本から顔をあげた。母が光を背にして入って来て、「ちょっと散歩しに行かない?」と言ったので、沈碧は立ち上がって肩をほぐし、「いいよ」と言った。 

母は彼女をある家の前に連れて行くと、歩き疲れたので入ってお茶を飲もうと言った。沈碧が後について入っていくと、家の主は見覚えのある顔だった。一通りあいさつをすませた後、この人は10年前に自宅の店舗を借りていた羅おばさんであることを思い出した。3杯目のお茶がつがれたとき、母は彼女の少し落ち着かない様子を見て、「村はここ数年でかなり変わったから、周りをちょっと見てきなさいよ」と、笑って言った。 

外では、アヒルたちが八の字を書いてヨタヨタと歩いていて、きちんと行列を作って小屋に入っていった。アヒル小屋の後ろに立派な建物があるのがちらっと見えた。跳ね上がったひさしの下には「善学書院」と書かれていた。小さな庭に囲まれ、内部にはキンモクセイの香りが漂っていて、カエンカズラの花が満開だった。 

沈碧は軽く門をたたいたが、誰も応える人がいなかったので、中に足を踏み入れた。室内はきれいに整理され、壁際に三つ本棚があって、中にはびっしり本が並び、真ん中に四角いテーブルと四つの長椅子があった。沈碧は本棚に近寄って眺め、一冊本を抜き取り、テーブルのそばに座った。気に入った一文があったので、思わず小声で朗読した。 

手をたたく音が2回聞こえ、沈碧が後ろを見ると、爽やかな男性が入って来た。 

「ごめんなさい、つい入ってしまいました。お邪魔してすいません」と沈碧は言った。 

「この書院は村人のためのものだから、誰か来てくれるとうれしいんだ」と男性はそう言いながら、慣れた手つきでお茶を入れた。 

雑談の中で、沈碧はその男性が陳祺といい、軍隊を退役した後、故郷に帰って、畑を借りて葉タバコの栽培をしていることを知った。両親が早くに亡くなり、空いた部屋が多くなったので、家の蔵書を整理し、小さな書院を作り、村人が暇なときに本を読めるようにしたのだという。 

沈碧は心底感心したので、もっとおしゃべりをしたかったが、母親から電話が来た。陳祺は彼女を庭の出口まで見送り、「本が読みたくなったらいつでも来てください!」と言った。 

それからというもの、夕方に時間があると、沈碧は書院に本を読みに行った。陳祺はいつもいるとは限らなかったが、いるときには、沈碧と文学や農業、村のことなどを話した。次第に沈碧は書院に行く道すがら、自分の心の中にひそかな期待が芽生えていることに気付いた。 

再び羅おばさんの家に行ったとき、彼女は沈碧を引っ張って、「あなた、好きな人はいるの?」と聞いた。母は「この子は本の虫でね。もしいい人がいたら、私の代わりに気を留めておいてよ」と言った。羅さんはうなずいて、「でも私はいい人を知っているの。私のおいでね、あなたがどう思うか分からないけど……」。沈碧は手を引っ込めあわてて手を振り、「ありがとう、おばさん。でもそんなに急がないで」と言った。 

このとき陳祺が入ってきた。「おばさん、皆さんこんにちは!」。彼はほほ笑み、沈碧に向かってうなずいた。沈碧は母と羅さんが目配せをして、笑っているのを見た。 

羅さんの家を離れるとき、まだ空は明るく、陳祺は木の下に立ち、沈碧に向かって手を振った。沈碧は頭を上げ、心が弾むのを感じ、前に来たときにも見た建物のそばの枯れ枝に、なんと真っ赤に花が咲いているのを見掛けた。 

沈碧は母に、「母さん、羅さんと示し合わせていたんでしょ」と言った。 

母は人差指で沈碧を小突いた。「ばかな子ね。あなたは強情っ張りだから、私がこんなことでもしない限り、直接お見合いさせようとしても、嫌がるでしょ?」と言った。 

沈碧は両手で母を抱きしめ、うれしさがカエンカズラの花のように大きくはじけた。  

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