中老年人也有搭子
中高年にも「他人以上友人未満」はいる
「他人以上友人未満」は若者の間ではやっている社交スタイルだが、これに対して私は異論がある。これは決して今に始まったものではなく、将棋仲間やマージャン仲間、広場のダンス仲間、これら全てが「他人以上友人未満」じゃないのだろうか。しかし古い人間は発明や創造といったことが得意ではないので、この新しい名詞を生み出さなかっただけなのだ。
私が厳格な意味での「他人以上友人未満」と知り合ったのは、20年前のことだ。その頃、私は犬を飼い始めたばかりで、毎日夕方になると近くの小さな広場へ犬の散歩に行っていた。しばらくたつと多くの「犬仲間」ができ、犬の名前に犬との関係を付け加えてお互いを呼び合った。たとえば「トニーのお父さん」「バッハのお姉さん」などで、私は「ゴーシャンのパパ」と呼ばれていた。
その頃、どの家にも自家用車はなく、自分の犬が狭い町中で息が詰まる思いでいるに違いないと思っていた。そのため、相談して、定期的に車を借りて郊外に遊びに行った。通常7、8匹の犬と飼い主で一緒に中型バン1台に乗り合わせ、費用は犬の飼い主で割り勘した。
このような活動をしょっちゅうしていたため、「犬仲間」たちはどんどん仲が良くなった。しかしみな暗黙のルールをきちんと守り、それ以上深入りすることはなかった。一部の人が自己紹介をした以外、数年もの間、われわれはお互いの名前も知らなかったし、頼み事をしたり、お金の貸し借りをしたりすることも決してなかった。
後に私は引っ越して、新しい犬仲間と知り合ったが、互いの関係は依然として一緒に犬の散歩をし、犬の餌をまとめて安く買う程度のものにとどまっていた。「犬仲間」たちは一度、ペットをお風呂に入れたときの乾燥機を一緒に買おうと話し合い、その1000元余りを各家庭で割り勘し、順番に使おうとしたことがある。しかし、もしどこかの家で使っていて壊れたら、修理費用はどうするのかと言い出す人がいて、われわれの「団結」に影響することを考え、それはやめにした。
「犬仲間」の関係は、このように遠からず、近からずで、安全な距離を保っていたからこそ長く続いたのだろう。今当時どのような人がいたかを思い出そうとしても、はっきり思い出せない。しかし、1980年代後半の、私の2人の「映画鑑賞仲間」は生涯忘れることはできない。
それは、中等専門学校に通っていた最後の2年のことで、毎日午後は授業がなかった。そこで私は同級生の男子1人女子1人で映画鑑賞グループをつくり、毎月一緒に20回ほど映画を見て、時には2回、3回と見る映画もあった。当時、国産映画は1回3、4角程度で見れ、輸入映画も高くても7角だった。われわれには毎月補助金があり、毎学期工場に実習に行き、さらに40元の補助金ももらっていたので、この程度は大丈夫だった。その当時、午後の回は、大きな映画館に10人もいないといった感じで、仲間がいないとうら寂しい感じがしたのだ。
その女子同級生は、クラス一の人気者で、われわれ映画鑑賞3人組もこのために、同級生たちにひそかにうわさされていた。私がその女の子と恋愛していて、もう1人の男子同級生を引き入れて隠れみのにしているなどだ。実際私はその女の子と付き合いたいと思っていて、うまくいくのではないかとも思っていた。自信はあったものの、双方の家庭環境がかけ離れていることを知っていたため、私たちの恋愛がうまくいくはずもなく、そのため愛情はあったものの、距離を保ち、心の奥底にしまい込んで、ただ映画を見るだけで、他のことについては語らなかった。
昨年、同級生の集まりで、その映画仲間3人が顔を合せた。昔をしのび、感慨深かった。人生に「他人以上友人未満」の仲間がいるのは素晴らしい。お互いあまり考えすぎることがなければ、思い返したときにとても心が温まるものだ。
翻訳にあたって
「搭子」は昨年の流行語にも選ばれた言葉で、友人よりも浅く、同僚や同級生よりも深い付き合いの仲間のことで、趣味などでつながることが多く、年齢などを超えた「垂直」な社交関係であることが特徴だ。なお、中国語の「班花」は、クラスの中で一番きれいな女の子のことで、これが男の子の場合は、「班草」という。 (福井ゆり子)
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