座談会 トランプ2・0と中日韓協力
「西側」はもはや存在しない?
木村 今年3月に日中韓外相会議が行われ、中国と日本は経済ハイレベル対話も行いました。日中韓3カ国の協力を深めていく上で突き当たっている課題にいかに立ち向かうべきでしょうか。
熊 トランプ2・0の関税政策以降、グローバル化が維持できるかは確かに世界の大きな関心事だと思いますが、他方ではグローバリズムが挫折することに備えて、地域の連携傾向が非常に強くなってきてもいるのです。例えばEUから脱退した英国は再びEUとの連携関係を深めていく方向にありますし、30%以上の関税をかけられた東南アジアでも、米国を頼りにして発展するのは無理があるのではと考え、地域で手を携えてやっていく方向にシフトしつつある動向が見られます。
実は中国、日本、韓国のGDPは世界の24%以上を占めており、ほぼ米国に匹敵するシェアです。RCEP(地域的な包括的経済連携)には中日韓が加入していますから、3カ国の経済的な連携は事実上存在しますが、3カ国間では自由貿易協定が結ばれていません。3カ国がさらに関税を引き下げ、自由貿易を維持していくという方向で協力していくならば、世界に大きな影響を与えるのではないかと思います。
現在、中国はCPTPPに加盟したいと正式に申し入れましたが、日本政府は中国の加盟を受け入れる意思がほとんどないように感じられます。中国をCPTPPに入れない理由は、やはり中国の経済力でしょう。中国の加盟が実現した場合、加盟国の中で経済力が一番強い中国にCPTPPの主導権を乗っ取られてしまうのでは、という心配が日本にあるのではないかと思います。
しかし、中国に主導権を取ろうという考えがあるのかというと、私はおそらくないと思います。他人を立ち上げてことを進めていくというやり方は、中国にとっては比較的都合がいいことでしょう。中国には実利を取って虚名にこだわらないケースが歴史上しばしば見られます。よって、仮に中国がCPTPPに入ったとしても、日本は主導権が乗っ取られる心配などはあまりしなくてよいと私は思っています。ただし米国は中国の加盟に焦るでしょうね。
よって中日韓協力は、3カ国間の自由貿易協定を一日も早く締結できるようにすることから始めるといいでしょう。もちろん課題もありますが、お互いに一歩譲歩していけば良いのではないでしょうか。中国をCPTPPに加盟させれば東アジアの力が強まりますし、加盟国が増えれば米国も手荒なことはしなくなる……そのような効果を私は期待しています。
田代 日本がどのような行動を取るかが本当に鍵なのです。戦後の日本は米国からの圧力に慣れ切ってしまっていて、韓国と同じようにそれに順応することが政治家にとって最大の仕事になっています。中国のようにこれは国際正義に反していると毅然として言う胆力がある政治家など、どこにもいません。
しかし本来、日本の地位は相当重要なはずです。世界の三大重機メーカーといえば米国のキャタピラー社、日本のコマツ、中国の三一重工なのですが、「トランプ関税」がぶち上げられたときに、その三大メーカーの中でも最も大きいキャタピラーの幹部たちが日本に慌ててやってきて、わが社だけは関税適用から除外してほしいと要請したそうです。なぜなら、キャタピラーの作っている巨大な重機のボールベアリングは、全て日本製だからなのです。今のようにグローバリゼーションが進んでしまうと、この部品はこの国でしか作っていないなどということが頻発します。トランプ関税が適用されてしまうと、キャタピラーは廃業するしかない、キャタピラーが輸入する分に関してだけは、関税を免除してくれるようにトランプに頼んでくれ、ということです。こうしたことを交渉材料に使えばいくらでも交渉の余地はあるのです。
世界の貿易総額のトップ5を見ると確かに米国は1位ですが、世界シェアは13・53%です。2位が中国で8・75%、3位がドイツで6・30%となります。つまり米国は大きいと言っても、世界シェアの14%弱しか占めていないのです。どうもトランプ大統領の思考は1987年ぐらいで止まったままのようです。あの時代にやればまだ成功したかもしれませんが、現在のように世界シェアが20%もない国が「相互関税」と言ったら何が起きるかというと、米国を回避して世界経済を回す方向になるに決まっているのです。実際、すでに中国と欧州が中東を経由してつながるようなことになっています。
先ほど富坂さんからトランプ政権は欧州に対して厳しく出ているという指摘がありましたが、実は欧州側も恐ろしいことを言っています。4月16日の「トランプ関税」発表後に、EUのフォンデアライエン委員長がドイツのメディアに対して「われわれが知っていた西側(ザ・ウエスト)はもはや存在しない」と言ったとユーロニュースが英語に翻訳して掲載しているのです。
「日本は西側の一員だ」などと言っていますが、その西側はもうないと、欧州のトップであるフォンデアライエンが公言しているのです。トランプ政権は第2次世界大戦後の世界秩序を根底的にぶち壊し、「西側」を解体してしまったのです。われわれがやるべきことは、米国が自滅するのに巻き込まれることをうまく回避し、米国が世界に害を及ぼさないように少しでも無害化していくことです。
郭 日中韓3カ国は、歴史問題や領土問題でなかなか譲れないというか妥協しない問題がありますが、実は共通の課題もあると思っています。
まず日韓2カ国について言うと、対中関係をどうするかという課題があります。そして日中韓3カ国になると、対米問題をどうするかですね。中国とどう付き合うかを常に考えている日本と韓国が、今回の関税問題を契機に日中韓3カ国で米国との関係について考えるならば、日韓は対中関係も対米関係も同時に考えつつ、中国と協働することを考えなければならなくなります。
とすると、前述の中国の強気の姿勢がトランプ政権にあれだけの譲歩を勝ち取ったとしたら、共通の利害があると感じた3カ国が共同して関税問題、あるいはトランプ政権に向き合えば、3カ国が非常に大きな力を発揮できると思います。その力をもって米国と交渉ができれば米国は今以上に妥協せざるを得ない、あるいはその譲歩せざるを得ない状況ができると思います。
今までの日中韓は前回の外相会談のように基本的には経済問題を中心にハイレベル交渉をしましょうというスタンスでしたが、歴史問題や領土問題は一旦置いておいて、今回は「トランプ関税」を巡ってよりハイレベルな3カ国の経済問題の交渉を行うべきではないでしょうか。日本も韓国も中国にサプライチェーンを作っていますし、3カ国の経済関係は、今や切っても切れない関係にあります。その認識を持てば、一枚岩になることができるでしょう。
それができる理由はもう一つあります。世界中の国が米国と個別交渉をし始めたために米国も交渉し切れなくなり、一定地域では同率の関税をかけたいと、要するに一括交渉したいと5月18日にベッセント米財務長官が言い始めました。ならば日中韓で一括交渉しますという持ち掛けも場合によっては可能となります。今までのぎくしゃくした関係を、「トランプ関税」をきっかけに好転させることができるなら、将来の日中韓のより良い関係の一歩につながっていくでしょう。
富坂 日中韓の連携は中国にとって非常に重要なことで、日本にとっては死活的⑧に重要だと見ています。
「死活的に重要だ」と考えたのは、最近のフォーリン・アフェアーズに掲載された論文のタイトルに「新勢力圏の形成へ ―― 大国間競争から大国間共謀へ」(2025年6月号)という言葉があったからです。これは米国とロシアの関係の変化がまさにそうで、実際にウクライナの処理の仕方などを見ていると、この傾向が結構出ています。欧州の問題は前述しましたが、ミュンヘン安全保障会議に出席したヴァンス副大統領は、欧州から「ロシアの脅威」という言葉が上がったときに、「そのロシアの脅威というのは欧州の脅威であって、米国の脅威ではない」と言ったのです。これは実にその通りで、米国を攻める力がある国が今は存在しないのです。よって「西側」というグループで考えない限り、「ロシアの脅威」は存在しないのです。
米国政治は孤立主義とそうでないものが繰り返してきています。そういう中で、今回のトランプの揺れ戻しの孤立主義は、どちらかというと自分の安全保障は自分でやってくださいということなのです。かなり前から話題になっている脱・米国警察という考え、こんな巨大な軍隊を維持するのは土台無理な話なのです。今は日本や韓国といった同盟国がそれを食わせていますが、この無理のある状態から抜け出そうではないか、という意味合いによる孤立主義というのは、若干面白いかなと私は見ています。
ソフトランディングさせなければいけない問題は多々ありますが、こうして起こり始めた変化は相当大きなものになります。フォーリン・アフェアーズが言っているように、「大国間の共謀」ということになると、EUも力があり、米国も相変わらず力があり、中国も当然力があるのですから、日本が埋没するのは当たり前ですよね。そういう視点で見た時の日中韓は、どこかにフックをかけなければいけないという意味での「死活的に重要」ということです。
白鳥 私から見れば、現状においてはトランプ2・0が最大のリスクで、リスクをいかに回避していくかが大切だと思います。まず世界は米国からのデカップリングを真剣に考えています。さらに言うと、トランプ政権からのデリスキング(状況の変化で今までのスキルや知識が衰退すること)の方向に向かっています。それについては、日本もCPTPPという地域のまとまりを持っていますし、中国も「一帯一路」を持っています。そしてその間に韓国があるという構造ですが、いずれにしてもこのCPTPPと「一帯一路」をつないでいくことが大切ですね。
さらに世界を見ていくと、同様に地域志向の集団としてはEUがありますし、EU以外にも例えばグローバルサウスの一つのまとまりがあります。彼らは今、米国からのデカップリングとデリスキングを真剣に考えていることから、中国が求心力を持ってきています。これはひょっとしたらアジアにとって一つのチャンスなのではないでしょうか。中国の「一帯一路」がエンハンス(強化)されていく中で、日本や韓国もそれぞれ地域志向のマインドを持ちつつ変わっていくことができるかが、今試されているように思えます。
そうした大きな地政学的変化の時代に入った今、私は大学で国際政治を教えるときに、「初めは自分の国益しか考えない現実主義の一国中心主義から入り、次は二国間の線、つまり一国ともう一国との間の同盟が結ばれ、点から線へ同盟関係中心主義になる。ところが21世紀は点でもないし線でもない。面である」と話します。つまり同盟関係を超えた地域志向で、経済、文化、政治外交も全て一緒になった地域を構築するという世界に変わりつつあるのです。
トランプは地域志向の世界から一国中心主義の世界にもう一度戻している、つまり時間軸を逆転させているのが問題なのです。そこで日中韓が地域志向の「一帯一路」やCPTPPなどを使いながら、トランプ政権に自由主義の圧力をもっとかけていけるはずなのです。私はそういう世界像が今後必要だと思います。
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