チベット(蔵)族
 

 人口は約480万2400人。

 主にチベット自治区、および青海省の海北、黄南、海南、果洛、玉樹などいくつかのチベット族自治州と海西モンゴル族チベット族自治州、甘粛省の甘南チベット族自治州と天祝チベット族自治県、四川省の阿ハ・甘孜自治州、及び木里チベット族自治県、雲南省の迪慶チベット族自治州に集まり住んでいる。

 チベット語を使用する。チベット語は漢語・チベット語系のチベット・ミャンマー語族チベット語分支として分類されている。ウーツァン (衛蔵)、カム(康)、アムド(安多) の3種の主要な方言がある。

 チベット文字は西暦紀元7世紀頃にサンスクリットの字体を参照してつくった左から右へ横書きされる表音文字である。

 チベット族の人たちのほとんどはラマ教を信仰している。

 チベット族の祖先は大昔からヤルンズァンボ河中流一帯で生活し、子孫を増やしてきた。考古学調査によって、旧石器時代、新石器時代及び金石時代の古代文化遺跡が発見されている。西暦6世紀、チベットのロカ地区のヤルン部落の首領が部落同盟の指導者になり、「ツァンプ」と名乗り、奴隷制社会に入った。西暦7世紀に至って、ソンツェン・ガンポがチベット全域を統轄した。これは歴史上「吐蕃」と呼ばれている。ソンツェン・ガンポと唐朝の文成公主との成婚は、チベット族の発展の上で積極的な役割を果たした。元朝はチベット地区を中央王朝の統治の下に置いた。清朝政府は正式にダライ・ラマとパンチェン・オルドニを冊封して、「ガシャ」(チベット地方政府)を設けるとともに、チベット駐在大臣を任命した。20世紀50年代において、チベット地区ではまだ「政教合一」の封建的な農奴制度が実施されていた。1959年に、民主的改革が全面的に行われることによって、広範なチベット族の人民はやっと新しい生活を送れるようになった。チベット族の人民の努力の下で、チベット地区は社会主義革命、建設の中で貧しくて立ち遅れた様相から逐次抜け出して、活気に満ちた繁栄ぶりを見せるようになった。


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